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佐々木「やあ、キョン。奇遇だね」 佐々木「あぁ、キョン。君の声が聞きたいよ」 佐々木「キョン。僕は被虐主義者だ」
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熱い日差しが私の涼んでいる甘味処に設置された窓から突き刺さっており、耳障りな蝉の命をかけた大合唱が、店内へかすかに届いている。 「今年の夏は暑くなりそうだ」 涼宮さんあたりに頼めば少しは気温の上昇を抑えてくれそうだが、無理だろうね。 そんな当たり障りの無いことを思いながら、口腔内で堪能している餡蜜を飲み込む作業に没頭している。 女一人、甘味処で何をしているかと思うだろうが、ここの餡蜜は絶品なのさ。 中学時代、岡本さんに教えられて以来、私は事あるごとに、ここへ癒しを求めて来ている。 しかも本日は七夕感謝サービスデイ。浴衣を着てきた客限定で5%の割引が適用されるとホームページに書かれていた。 と言うわけで、本日は家から藍色の浴衣を引っ張りだし、お気に入りの餡蜜を堪能している。 「……ん?おお!佐々木じゃねーか」 舌が癒されている最中、店内に流れる静かなBGMをかき消して、キョンが声を張り上げている。 「店内ではお静かに。キョン」 「そいつはわりぃ。そこ、座っていいか?」 キョンの指が、カウンター席に座る僕の隣の席を指し示す。もちろん断る気も理由も無いので、数コンマで首肯した。 「意外だね。君がこんな情緒溢れる甘味処をリスペクトしているとは思わなかったよ」 「トゲのある言い方だな。つーか俺は旨けりゃ何でもいいんだが、母親がここの店の水ようかんが好きでな。 ぶっちゃけ、ただのおつかいだ」 ここの水ようかんか。キョンのお母様は見る目がある。メディアに露出してもおかしくない程に美味だが、店主の確固たるプライドが出演を拒否しているらしい。正に至高の職人魂である。 「そういうの悪くねえな」 そこまで言って、キョンは和服のウェイトレスに水ようかんを注文した。 「しかしいーな浴衣は。こういう熱い日だと特に」 キョンの若干の下心が混じった視線が、僕の首筋に集中している気がする。 「くっくっ。なんだいキョン?僕のうなじがそんなに気になるかい?」 僕は餡蜜の租借を一時的に中止し、椅子をクルリと回転させた。この助平め。そんな君には心拍数を上げる仕置きをしてあげよう。えーと、たしかヘアゴムがあったから…… 「ぐはっ!お、お前、それは俺が生粋のポニテリストだと知っててやっているのか?」 君がうなじに過度の性的興奮を覚えることと、アップした髪を嗜好していることは知っている。岡本さん情報だが。 「岡本っ。なんて妄言を佐々木に吹き込んだんだよ」 妄言ではないね。事実だし。 「そうだが……あ、できればそのままミニポニテでいてくれ。いてください。この暑い中おつかいに来た俺に一時でも清涼と癒しをくださいお願いします」 「やれやれ。もっとも君の頼みだ。断る理由は無いよ」 「親友」である君のね。 「なぁ、ところでその餡蜜旨そうだな」 僕のうなじを見るためか、カウンターに肘をつきながら横目で眺めるキョンの視線が、僕の餡蜜に止まった。 「ああ。とても美味さ」 素直な感想である。これを不味いなんて言う人間は、一体今までどれほどの美味しい甘味を食べてきたのか問いただしたい。 「一口くれ」 「へ?」 キョンの腕が、スリ師よりもすばやく伸び、僕が握るスプーンの手を掴み、 「おお。こいつはイケる」 一気に口元まで運んでしまった。 「あ……」 思わず普段より三割り増しほど甘い声が漏れたのは、餡蜜を食べていたからである。絶対。 「すまんすまん。あんまりにも旨そうだったからな。お、ようかん来た」 キョンは何事も無かったかのようにカウンター席から立ち上がり、水ようかんの入った紙袋を受け取り、言いやがった。 「ん?佐々木、頬が赤いぞ?日射病か?」 「……もう知らない!」 浴衣の中で真っ赤に彩られている脚が、勝手に女子トイレへと歩を進めた。 完
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キョンと佐々木が小学生だったら キョン「佐々木ー、おまえ女なんだから女子と遊べよ」 佐々木「いいじゃないか!僕も仲間に入れてよ」 キョン「じゃあこの木のてっぺんまで登ってみろよ。そうしたら俺達の仲間に入れてやる!」 佐々木「よ、よし、やってやろうじゃないか」 佐々木「(木に登るときは下を見ずに、木に登るときは下を見ずに…)」 佐々木「どうだいキョン!てっぺんまで登ったよ!」 キョン「おぉー」 佐々木「ひっ!け、けっこう高いんだね……」 キョン「大丈夫かー?降りられるかーー?」 佐々木「だ、だいじょうぶさこのくらい!なんともないよ」 ズルッ! 佐々木「ひゃあっ!!」 キョン「さ、佐々木!今大人の人呼んで来てやるからな!」 佐々木「う、ふぇえええん!!助けてよキョンーー!!」 あ、これ佐々木じゃなくてハルヒのポジションか
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『キョンと佐々木と桜色』 ちょっとした散歩のつもりで近所の公園に立ち寄ったところそこには見事な桜 が咲いていた。そしてその桜の下に不敵な笑みをうかべた少女が一人、 俺を見つめていた。「やあキョン。こんなところで会うとは何か強い縁を 感じざるをえないね。」俺が取り巻きどもを探すため周りを見渡し始めると 佐々木は「今回は本当に偶然さ。橘さんたちはいない。だがちょうど話し相手が ほしいと思ってた頃なんだ。付き合ってもらうよ」とテレビに出てくる悪役の ような笑い方をしながら言った。その瞳はいつものように眩しく輝いていた。 「そういやキョンはかの初代アメリカ合衆国大統領J・ワシントンが父親の桜の木 を切って素直に白状したという逸話を知ってるかい?」 ああ、有名な話だな。あれは確かあとから付けられた話だったと聞いたが・・・。 「そのとおり。あれはワシントンが桜の・・・」 佐々木が演説モードに入ったその時・・・春一番が俺達の間を通り抜けて行った・・・。 「・・・桜を切った斧が湖に落ちて湖から出てきた父親に金、銀、普通の斧の どれが自分の斧か聞かれて正直に答え、助けたカメに連れられて竜宮城に鬼退治に・・・」 落ち着け佐々木・・・。おれは別に何も見ていないぞ。桜色だったとかいい素材だななんて ことは微塵にも思ってない。「・・・・・」佐々木の表情は俺からは見えない。 「よ・・・用事を思い出したよ・・」 ものを書く力がほしい・・・はずかしさを抱きながらそろそろ寝るよ・・・
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from 佐々木 to キョン 本文 こんばんは佐々木です。 今年進級した記念に初めてNintendoDSを買おうと思っているのですが 僕の尻の穴に貴方の野太いちんぽぶち込んでくれませんでしょうか? 今が旬のオススメDSの色なんかを教えて欲しいです。 よろしくお願いいたします。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― from 佐々木 to キョン 本文 ゴメン!! 3行目に何となくコピーしてた文章が入ってしまいました 3行目だけ無視して読んでください 忘れてくれ ―――――――――――――――――――――――――――――――― from キョン to 佐々木 本文 俺ならいつでも構わんぞ。 何なら、今からお前ん家に行くぞ。 俺のをじっくり見せてやる。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― from 佐々木 to キョン 本文 それはどっちの意味かな? ―――――――――――――――――――――――――――――――― from キョン to 佐々木 本文 とりあえず、家の前に着いた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――― from 佐々木 to キョン 本文 早いよ!! ――――――――――――――――――――――――――――――――
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※TS注意 朝起きたら、女になっていた。 「…………。」 驚くより早く、まずは長門に連絡し、状況を聞く。 「涼宮ハルヒの願望。彼女は明日のバレンタインに、あなたにチョコを渡す勇気がなかった。」 「本命で来たって願い下げだがな……!」 頭が重い。 「因みに性別が反転しているのは、あなただけ。残りはいつもと変わりはない。……明後日には元に戻る。」 「……おい。聞き捨てならんぞ。」 つまり。現時点で佐々木と付き合う俺は…… 「キョン子ちゃーん。佐々木お姉ちゃんが迎えに来てるよー?」 絶句。まさにこれだ。 「全く、迎えに来て良かったよ。」 佐々木が俺の髪を丁寧に鋤く。 「せっかくのロングヘアーなんだ。綺麗にしておかないと。毎朝の僕の日課になりつつあるが。」 艶やかな黒髪。これは、どうやら佐々木が毎日ブラシを当てているからのようだ。 「…………」 因みに佐々木とは、プラトニックと言い難い関係だったんだが……そこはどうなんだろう。 シュシュをつけたポニーテール。佐々木は髪を満足そうに触る。 大切な宝物に触るような手つき。少しひんやりとした手に、身をすくませると…… 眼前にある佐々木の顔。口唇のグロスが艶かしく、申し訳程度のマスカラが潤んだように輝く。 ゆっくりと近付く、佐々木の顔……。そう。俺の今の身長は、長門並みに小さい。つまりは…… 自分より背の高い男にキスされる幻視をしたのだ。 「ひっ!ひぃっ!ひゃああ!」 俺は佐々木を突き飛ばすと、ダッシュで部屋を出た。 慌てて教室に入る。教室にいたのは、いつもと変わりない連中だった。 「……驚天動地だ。」 俺はとりあえず席に座った。 「よーっす、キョン子。今日ももっさいな。」 谷口だ。こいつのこうしたところは、本当に安心するぜ…… 「ああ、谷口。おはよう。」 「明日はバレンタインだなぁ。」 「ああ。お前には何もやらんから安心しろ。」 「けっ。」 長門の言うよう、性別以外は前と変わらんようだな。 「おはようキョン子。」 ハルヒもいつも通りだ。何の問題もない。団室に向かい、放課後を迎える。 そこには……いつもの数倍エエ笑顔を浮かべた古泉がいた。 「明日はバレンタインですね。」 「だなぁ。お前は大変だろ。」 からかいついでに言ってやった。古泉は困ったような笑顔を浮かべると…… 「そうですね。貴女から貰えるか貰えないか。僕の不安はその一点に尽きますよ。」 と、宣った。こいつも色々大変だな。 「こんなもっさいのからより、ハルヒ達からに期待しろ。」 「つれませんねぇ。そこがいいのですが。」 顔が近いんだよ、気持ち悪い。……おや?朝比奈さんが目を丸くしている…… 「き、キョン子ちゃん……いつものアレはどうしたんですかぁ?」 はい? 「いつもなら顔を近付けただけで、膝蹴りから始まるキョン子ちゃんラッシュなのに……」 …………はい?古泉まで何か物足りなそうな顔を…………? 「……ね、熱でもありますか?!」 古泉が俺の額に手を当てる。……心配するなら、お前の頭を心配してくれ。 「…………」 「…………」 朝比奈さんの表情が驚愕に歪む。古泉は……驚天動地といった表情だ。 「待たせたわね……って、キョン子!あんた何でそのままなのよ!」 だから何がだ!?ハルヒは俺を掴む。 「アレは?!ボディへの膝蹴りからハイキック二連で膝をついた古泉くんにシャイニング・ウィザードを喰らわせる、あんた必殺の……」 お前は何を言っているんだ?! 俺を女にしただけでは飽き足らず、バイオレンスな性格にまで換えやがっていたのか?ハルヒ! 長門が俺の手を引く。 「伝えそびれた。貴女はこの世界では佐々木○○と付き合うレズビアン。特に古泉一樹を嫌悪しており、近付く度に制裁を加えている。」 …………はい? 「彼もその制裁に悦びを覚えている。先程の行為も、貴女から制裁を加えて欲しかったから。」 「わかった。もういい。」 頭痛がしてきた。今日は帰るとハルヒに伝える。 「そうね。今日は調子悪いみたいだし、そうしなさい。」 「キョン子ちゃん、私が送って行きますね。」 すみません、朝比奈さん。 「…………」 長門が手を引く。どうした?長門。長門が小声で囁く。 「推奨出来ない。この世界では朝比奈みくるは鶴屋○○と関係を持つレズビアン。襲われる可能性が非常に高い。」 ……本日何度目かの驚愕。無茶苦茶な改悪しやがって……。 「貴女は一人で帰るべき。佐々木○○が待っている。」 長門に押し出されるように団室から出る。 校門には佐々木がいた。 「やぁ、キョン子。」 気のせいでなければ、佐々木の顔は沈んでいる。こいつの事だ。俺の今朝の反応から、自分が嫌われているのではないか疑っているんだろうな。 「よう、佐々木。待ってくれていたのか?」 「ああ。今日は塾が休みだからね。」 佐々木は少し息切れしている。……まさか、な。 「さぁ、行こうか。」 佐々木は俺の手を引くと、笑顔で歩き出した。……手を引く掌が汗ばんでいる。確定だ。この馬鹿は、駅から走りやがったな。 普段も佐々木が待っている時があるが、それも佐々木は走って来ているんだろうか。 あの心臓破りの坂を。 「……どうかしたのかい?塾が休みの日はキミの家で予習復習をするのだろう?」 何でもないように笑う佐々木。……その汗ばんだ笑顔。俺は俺のままなら、多分気付けなかったんだろうな。 家では普通に過ごした。特に佐々木も何も求めず、俺も何もしない。 朝の事について、佐々木は何も言わなかった。なので俺も何も言わない。 …………次の日。佐々木は来なかった。 バレンタイン。顔を近付けた古泉にニーリフトを喰らわせると、俺は走った。 鼻血を噴きながら「青春に悔い無し」なんぞあのアホは叫んでいたが、そこはそれだ。 「国木田!俺はエボラ出血熱と腺ペストを併発したから帰った、と岡部に伝えてくれ!」 「キョン子!どっちも日本じゃ確認されない病気だよ!それに『俺』って…」 とにかくどうでもいい。佐々木に会わなくてはいけない。 電車を乗り継ぎ、佐々木の高校に。校門に待つが…… 「……さ、寒っ……」 身を切るような木枯らしの中、俺は佐々木を待った。二時間後、下校してきた佐々木はギョッとした表情で俺を見る。 「キョン子!」 佐々木がマフラーを俺に被せる。さ、寒い…… 「何をしていたんだい?!今日は僕が朝の特課だから迎えに行けないと言っていたはずじゃないか! ああ、こんなに身体が冷えきって……!近くに喫茶店があるから、そこに行くよ!」 佐々木が俺の手を引く。 「……聞かせて貰おうか、キョン子。」 暖かいコーヒーとケーキで一心地つく頃、佐々木は俺を睨む。 「……お前さ、俺が男だといったら信じる?」 俺の問いに佐々木は目を白黒させたが、すぐに平静を取り戻した。 「信じるも信じないも……僕はキミの身体を隅々まで知り尽くしているんだが。キミも同じだろう?」 確かに。だがな。それは俺であって俺でない記憶だ。女の俺は、お前と睦み合った覚えはない。 「意味不明だ。こないだからおかしいよ。キョン。」 話せば長くなる。知らんでいい事もあるしな。 だが、聞きたい事はひとつだ。 「佐々木。お前は俺が男でも愛せるか?」 それだ。佐々木はこめかみに手を置いている。 「その設問に答える意義があるか、実に不明なんだが……答えはイエスだ。」 ……良かった。佐々木が古泉や朝比奈さんのように悪い方に改変されていてはどうしよう、というところだった。 「僕はヘテロのつもりだが、例外はキミだけだよ。」 「そっか。ならいい。」 聞きたい事は聞いた。 佐々木と手を繋いで帰る。人通りの少ない道。佐々木は、そっと俺にキスをした。 ……自分よりも背が高い奴にキスされると、空しか見えないんだな。 「……毎日、数億の僕がキミを思って死んでいき、キミの為に生まれる。」 佐々木は俺を見ると、またキスをした。 「僕は、いつでもキミを愛しているよ。キミが男でも女でもね。」 「佐々木……」 じわり、と涙が出る。女の子は、こんなに涙脆いものなのか。 「どうせチョコも何も用意していないんだろう?こいつは僕が渡す唯一無二の本命だ。受け取りたまえ。」 ……ぐしゃぐしゃに泣いちまった。もうこのまま女でいいか、と思う位だ。 それから街を少し歩き、駅に向かう。佐々木は一限遅れで塾に向かうという。 甘いものを食べた後だが、佐々木はアイスを買って食べている。案外健啖なんだよな。 「じゃあ、また明日。」 「ああ。」 階段を一段上がる。そして佐々木を手招きした。 「どうした?」 普段、佐々木が俺を見上げる高さはこの位か?俺は振り向きざまに佐々木に一瞬キスをした。 佐々木の手からアイスが落ち、バッグが落ちる。微かに香るチョコミントのフレーバー。 「また明日!」 ポニーテールを翻すと、俺は走り去った。 明日、佐々木が迎えに来ない事も、この長い髪ともお別れという事にも、少し寂しさを感じながら。 翌日。俺は俺に戻っていた。 「…………」 やっぱり佐々木が迎えに来るはずもなく。普段の生活と変わりなく日常が過ぎる。 ただ、女性の視点というもので見たら、普段いかに自分が佐々木について考え無しに接していたかがよくわかった。 校門に待つ佐々木。息切れを直そうとするあいつが、たまらなく愛しい。 「やぁ、キョン。」 「おう。……ほれ。」 用意していた水を渡す。佐々木は目を丸くしている。 「……どうしたんだい?」 「別に。……俺は案外お前に愛されているのに気付いただけだ。」 「言ってたまえ。」 多分、佐々木からは『守る対象と一緒にいる対象』の違いなんだろうな。 お互い不器用に出来てやがるぜ、全く。 俺は佐々木の手を握ると、佐々木の呼気が落ち着くまで待ち、歩き出した。 佐々木は嬉しそうに腕に手を回す。……俺まで嬉しくなっちまう。今回の改変もあながち無駄でなかった。そう思っちまう。 こうして俺のバレンタインは終わりを告げた。 ―――――――――――――――― 「……はぁ。彼が僕をシバき上げませんかねぇ。」 「鶴屋さんも素敵なんですよねぇ……」 「(エラー!)」ゾワワワ 若干の改悪の影響が残り、長門が大変な事になったのは、また別の話だ。 END
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みくる(あっ、キョンくんと佐々木さんです) ハルヒ(キョンのやつ、また佐々木さんとデートなの!?) 長門(彼女を敵性と判断…) 古泉(おや、でもなんだか様子がおかしいですよ?) 佐々木「キョン、もう一度言ってくれないか?」 キョン「何度だって言うさ。俺はもう団活を休んでデートをするなんてことはやめる」 みくる(わわっ、修羅場ですかぁ?) ハルヒ(何よキョン、分かってるじゃない) 長門(……) 古泉(おっとこれは…) 佐々木「そうかい。キミがそういうならキミの意見を尊重しようじゃないか」 キョン「あぁ。最近お前とのデートが嫌で嫌で週末が近づくと憂鬱になるんだ」 みくる(キョンくんって結構きついことも言うんですね) ハルヒ(それなら我慢しないで私とデートすればいいのよ!) 長門(今週末は私と図書館に…) 古泉(んっふ、たまには僕との親睦も深めてほしいものです) 佐々木「またずいぶんとはっきり言うね。キミはいつもそんなことを思っていたのかい?」 キョン「そうだ。お前といるのももう飽きたんだ。一生会わないでくれ」 みくる(キョンくん酷いです…) ハルヒ(これでキョンは私のことを見てくれるわね!) 長門(…ユニーク) 古泉(おやおや、佐々木さんが今にも泣きそうですよ) 佐々木「キョン、そんなことを言うなんて酷いよ…。いくら嘘だからってそこまで言われると傷つく」 みくる・ハルヒ・古泉(へ?)長門(……?) キョン「おいおい、エイプリルフールだから思ってることと逆のことを言えと言ったのはお前だろう?」 佐々木「そうだね。それでもキミの口から聞くと堪えてしまうんだ」 キョン「そうか…。ごめんな佐々木。お詫びに今日一日はお前の言うことをなんでも聞いてやるよ」 佐々木「本当かい!?じ、じゃあ今日はキミの家に泊めてくれないかな」 キョン「佐々木…。分かった。優しくするからな」 ハルヒ「そんなのありなのーーーっ!」 みくる「ひゃあっ、涼宮さんの鞄が真っ二つです!」長門「パーソナルネーム佐々木の情報結合の解除を申請……不許可」チッ 古泉「もしもし、森さんですか。えぇ、分かってます。すぐに向かいます」 Reverse 佐々木「キョン、もう一度言ってくれないか?」 キョン「何度だって言うさ。俺はもうデートをキャンセルして団活をするなんてことはやめる」 佐々木「そうかい。キミがそういうならキミの意見を尊重しようじゃないか」 キョン「あぁ。最近お前とのデートが楽しみで楽しみで週末が近づくと気が入らなくなるんだ」 佐々木「またずいぶんとはっきり言うね。キミはいつもそんなことを思っていたのかい?」 キョン「そうだ。お前といるのに飽きることなんてないんだ。一生側にいてくれ」 佐々木「キョン、そんなことを言うなんて酷いよ…。いくら嘘だからってそこまで言われると傷つく」 キョン「おいおい、エイプリルフールだから思ってることと逆のことを言えと言ったのはお前だろう?」 佐々木「そうだね。それでもキミの口から聞くと堪えてしまうんだ」 キョン「そうか…。ごめんな佐々木。お詫びに今日一日はお前の言うことをなんでも聞いてやるよ」 佐々木「本当かい!?じ、じゃあ今日はキミの家に泊めてくれないかな」 キョン「佐々木…。分かった。優しくするからな」 .
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(この作品には原作には名前しか出ていないキャラクター及び、キョンの母親が登場します。そのため、そのキャラクター性は想像です。ほとんどオリジナルキャラクターです。よってあらかじめ了承できない方はご遠慮ください) 夏休みは明けたが残暑という名の余韻に体を焦がし、季節は秋。校庭からは華々しいほどに煌びやかに着飾ったチアリーディング部の女生徒達、廊下にはトランペットやサックス等の演奏の間違いを減らしているブラスバンド部員、その他来週に控えた体育祭の中で披露するレクリエーションの関係者達が、校内のさまざまな場所に散らばって練習を行っていた。 僕達はその光景を視界の片隅に置いておく程度に眺めながら校門を通り過ぎた。 「やれやれ、たかだか中学校の一イベントだって言うのに熱心だな」 彼はチアリーディング部の華やかな音楽が鳴っている方角を見ながら呟いた。 「キョン、今すぐ鏡を見てみるかい?キミによく似た間抜け面が写ると思うよ」 僕はキョンの間抜け面には目をくれず、手にした単語帳を覚えてはめくる反復運動を繰り返しながら言った。 「ほっとけ。健全なる男子生徒なら当然の行動だ」 開き直りやがった。彼がノーマルな性癖を持ってることを確認できてよかったと思うべきか。それとも、はるか彼方の米粒の集団に敗北をきっしたことを憂うべきか。この助平。 とりあえず彼のふくらはぎ部分へと、足で軽い衝撃を伝達しておいた。 「痛いです佐々木さん」 「失敬。ただでさえ血の気の薄いキミの血を吸血する蚊が見えたのでね。退治しておいたよ」 「もう秋だぞ」 「根性のある蚊なんだよ。きっと」 「お前も鏡見るか?今ならお前によく似たリスが写るぜ」 「……うっさい」 よし、今日の勉強会は特別に難解な問題を出題してあげよう。くっくっ、彼の苦手分野は既に把握済みだからね。なに?心が狭い?文句あるかい? まだ残暑が厳しいとは言え、現在は秋。秋空には鰯雲が浮かび、富士山には初雪が降り始める季節だ。彼の家に到着する頃には、月がこの世界に顔を出し始め、通学路を照らす直前だ。あと一時間もすれば完全に夜になるだろう。 「あーキョンくんーおかえりー」 「はいよ、ただいま」 キョンが妹さんの頭を軽く撫でると、妹さんは猫が笑ったかのようなご機嫌な笑顔を形成した。 「ササッキーちゃんもいらっしゃーい」 「こら、佐々木さんだろ」 ふふふ、こんにちわ。 ササッキーとは私の俗称らしい。前に国木田と岡本さんとで一緒に彼の家へ訪問した日があって、岡本さんが私のことをササッキーと呼んだ瞬間、私は妹さんからそう呼ばれることになってしまった。 最初こそ私は戸惑ったが、これが妹さんなりの友好の証だとわかったので特に気にせず受け入れている。 「俺の部屋で勉強するから邪魔すんなよ」 「はーい」 妹さんは無邪気な返事をして、奥のリビングに消えていった。 「くっくっ、実によくできた妹さんだね。常々そう思うよ」 「あれで俺をお兄ちゃんって呼んでくれれば言うことがないんだがな」 あの無邪気さはいつまでも大切に持っていてほしいね。昨今の世の中には、まさにこう言った純真な心が必要だと思うよ。 「そうだキョンくんー、ササッキーちゃんが可愛いからってエッチなことしちゃダメだからねー」 …………無邪気な発言は時に場の空気を凍らせるということを思い出したのは、私が靴を脱いだ瞬間だった。いや、実はわかって言ってるのではないのか?後で真意を問いただす必要がある。 「ふわー、今日はいつもより難しくなかったか?」 「いつまでも同レベルでは進歩しないからね。ワンランクアップと言ったところかな。もちろんキミの思考力を超えないギリギリのランクアップのつもりだけど……」 彼から返却された僕自作の問題集に赤ペンで答え合わせをした後、僕は素直に感嘆の声を上げることとなった。 「正に驚きだ。もちろんサプライズではなくワンダフルといったところだけど……すばらしいよキョン。ここまでできるとは予想以上だ」 正解率は90パーセント超えていた。しかも間違いの箇所だって簡単なケアレスミスのみ。もし同じテストをやったとしたら、次は確実に満点が取れるだろう。 「たまたまだろ。お前に重点的に教えられたのが立て続けに出てくれたからな」 「まあ確かに今回は基本が出来てればわかっただろうが……、キョン、市立に進路を変える気はないかい?県立高校の学生には失礼だが、これだけ取れて県立では正直言って勿体ない」 「大袈裟な奴だな。別に北高でいいよ。近いし」 まったくキミって奴は。僕は額に手を置いて溜息を吐いた。 キョンの成績が今まで悪かった理由。それは決して彼がアホなわけだからではない。というより、彼がもし一年くらい本気で勉強すれば、おそらく僕ぐらいなら容易く抜くだろう。彼の理解力や発想力は僕のそれをはるかに凌駕しているからね。 でも彼にはその欲が無い。知識欲が薄いと言ってもよい。 つまり彼は頭がいいくせに勉強が嫌いなのだ。自分の興味があること以外に思考回路を使いたくないのだろう。 そして自分の能力に気づいていないことはある意味バカだ。もう一度言う、勿体ない。 「正にやれやれだ。しかし……これはなにか褒美をあげるべきかな」 「褒美?なんかくれるのか?」 褒美という単語に彼が食いついてきた。現金な男だ。 「鞭を振り上げて無理矢理勉強を強いてもしょうがないからね。たまには飴もあげるべきだと思っただけさ。よし、ここはベタだがキミの願いを叶えてあげよう。もちろん倫理的かつ健全な範囲でだけどね。なにがいいかい?」 「俺の願い?うーん……」 しばらく彼の思案顔が眺めていたときだ。 「キョンくーん、ばんごはんだよー。ササッキーちゃんもいっしょに食べよー」 「おう。佐々木、ああ言ってるし食ってけ」 ならお言葉に甘えさせてもらうよ。キミの母上君の夕食は、僕にとって至高と究極の一品にも勝るからね。 「どう、佐々木さん。お口に合う?」 「ええ、とても美味しいです。我が家は共働きですから、どうしてもできあいの惣菜が多くて。このような晩御飯を毎日食べられるご家族が羨ましいです」 「まあ!佐々木さんったらお上手ね。やれやれ、うちの息子なんか出てくるのが当たり前にしか思ってなくてね」 彼が「やっぱ食わすんじゃなかった」と言った顔つきでテレビを見ている。こらこら、食事はへその前で食べるというのが常識だよ。 「キョンくーん。チャンネル変えるねー」 「ああ、ところで何観るんだ?」 「わかんなーい。なにやってるかなー?」 妹さんが適当にチャンネルを変え始めた。歌版組、ドラマ、バラエティと変えていったが、妹さんの琴線に触れる番組はないようだ。 「ん?キョンくーん、なんでこのお姉ちゃんたちは女の子なのにキョンくんとおんなじ服を着てるのー?」 ニュース番組に変わったとき、どこかの地方の中学が写っていた。そしてその映像というのが、女子生徒が学生服を着て、さながら応援団のように野球大会を応援している映像だ。どうやら夏の全国大会のドキュメントらしい。 「ほー、女子応援団なんか実在してるんだな。てっきりチアガールだけだと思っていたんだが」 「僕もこのような応援風景は初めて見るよ。うむ、とても素敵だ」 逞しくて、そのうえ華もある。僕は決して百合の気があるわけではないが、しばしその勇姿に見惚れてしまった。 「お、次のバッターはエースみたいだな。おーおー、応援が一段と力強くなったな」 エースバッターは中学生にしては長身で、キョンには失礼だが、彼よりも端正な顔立ちをしていた。それなりの格好で微笑を浮かべた写真をモデル雑誌に掲載すれば、すぐに女性ファンがつきそうな容姿だね。 「おお!場外ホームラン!スゲーなこいつ。サヨナラじゃねえか」 「ふむ、彼は僕達と同級生らしい。これで彼の中学生活に良いピリオドがうてたようだね」 最後にその中学の野球部全員と女子応援団の面々が涙を流しながら歓喜する映像が流れて、ドキュメントは終了した。 「ササッキーちゃん、カッコよかったよね」 「ええ、とても素敵だったわ」 「ねー!ササッキーちゃんもあのカッコして!見たい!」 ええ!?それはちょっと…… 「やだやだ!見たいったら見たい!」 「キョ、キョン、キミからも何か言ってあげてくれないか?」 僕は親友である彼に助けを請うた。が、 「よーしよし。今度うちの中学の体育祭に来い。佐々木がそこで見せてくれるってさ」 「はあ!?ちょっと待って!いきなり何を言ってるの!」 つい勢い余って女言葉になってしまったが、今はそんなことどうだっていい! 「さっき言ったじゃねえか。ご褒美に何でも言うこと聞くって。だから今度の体育祭の時にその格好で応援してくれ」 「それは褒美ではなく罰則だ!僕限定の!」 キミにコスプレ癖があるとは思わなかったよ!これなら数分前の妹さんの提案を承諾するべきだった。そうすれば披露する人物はここにいる三人で済むからね。体育祭では他の父兄に見られるのだ。羞恥プレイもいいところだ。 「褒美だよ。俺が見たいからな」 「え?そ……それはどういう意味だい?」 まあ、キミが僕の違う側面を見たいと言うなら…… 「決まってるだろ。ずばり面白そぐぼあ!」 僕の使用していた箸が彼の鼻孔を貫いたのは言うまでもない。 そして体育祭当日。 「うう……本当に着なければならないのかい?」 「ほれ、まあ楽しみにしてるぜ」 キョンはそれだけ言って、僕に自分の学生服を渡した。 「……屈辱だ。羞恥の極みだ。恥ずかしすぎる」 「ササッキー、諦めて早く着替えて着てよ。写真とるんだからさ」 岡本さんがカメラを持ってにじり寄ってきた。今の私にとって、その姿は処刑執行人より恐い。ちなみに岡本さんも学生服姿(上着のみ。下は短パン)だ。 さすがに一人では恥ずかしいと思ったので、あの日の翌日、拒否されることを覚悟の上で岡本さんにも持ちかけた。……嘘だ。本当は岡本さんと手を組んで、彼の企みを無に帰そうと考えたからだ。だが、 「ササッキー!それ最高よ!どうせならウチのクラスの女子全員でやりましょう!キョン君GJ!」 ……神様はどうしようもなく底意地の悪い奴だった。いや、私の人選ミスか。新体操部で人前に出ることに慣れている岡本さんに持ちかけた私が馬鹿だった。 そしてこの提案が誰にも咎められることなく、気がついたら女子応援団結成だ。なんで誰も嫌がらないんだ。どれだけノリがいいんだよ。しかも提案したのが私だと言うだけで、応援団長は私だ。くっ、あんなにてるてる坊主を逆さに吊るしたのに。なんでこんな日に限って快晴なんだ。青空がこれほど憎く感じた日は人生初だ。 「仕方ないわね。だったらあたしが着替えさせてあげるわ!ほら男子は出てって!そりゃ!」 わかった!着替えるから!せめて自分でやらせて! 「キャー!素敵よササッキー!女のあたしでも惚れちゃいそう!」 岡本さんがそう言いながら抱きついてきたので、とっさに横に回避した。もしや百合の気が? 「ササッキーったらノリ悪い」 「あなた達がハイテンションなだけよ。なんで私がこんなことを……」 「そうだ!団長だしハチマキして。きっと似合うって」 どうやら私の文句はつっぱねる気概なのね。もうどうにでもなれ。 すると、岡本さんは自分のカバンから白いハチマキを取り出した。って、あらかじめ用意していたということは最初っから装着させるつもりだったんだね。おのれ岡本。 「どうせならキョン君の好きなポニーテールにしたげるわ。ちょっと短いけどくくれるわね」 「なんでキョンが関係……今度こそ待って。誰がそんなことを言ったの?」 初耳だ。そんな嗜好がキョンにあったとは。 「キョン君がちょっと前に熱弁を奮ってた。「ポニーは黒限定」とか「うなじは男を最も誘惑する部位」とかね」 岡本さんが僕の髪をいじりながら答えた。 「どんな状況でキョンがそんな熱弁を奮ったのかは後で彼から聞くとして、ポニーテールか」 「え?キョン君の彼女なのに知らないの?」 その瞬間の岡本さんの顔は、真夏の夜に幽霊を見た物理学者と同じ顔だと思われる。 「私と彼はそんな関係じゃないわ」 ……ああ、認めたくないけど事実さ。 「それより今度デパートでウィッグを買ってみよう」 「「ウィッグはポニーテーラーの冒涜だ」とも言ってたわよ」 仕方ない。あと数ヶ月の我慢か。 「はーい、男子たちも入って来ていいわよー」 僕の着替えが完了したので、岡本さんが廊下にいるクラスメイトたちを招きいれた。もう今更どうでもいいが、この体操服に学ランとは中途半端ないでたちはどうなんだ? 「フフフ、佐々木さん、とってもカッコいいよ」 国木田、月並みなお世辞ありがとう。 「やるな佐々木。こんどうちのアメフト部にも応援に来てくれ」 絶対にお断りだね。中河。 国木田も中河も、僕を見るなり適当なお世辞を述べた。しかし、 「キョン。キミが着てくれと言ったから不本意にもこんな格好をしているのだ。少しぐらいなんとか言ったらどうだい?」 彼は絶句してしまっている。誰のせいでこんなことになったと思っている。僕は絶句しているキョンの目の前へ出た。 「あー、そのなんだ……決して似合っていないわけではなくてな……」 キョンが挙動不審に目を泳がすので、彼の顔を両手で無理やり固定させた。 「失礼な奴だ。こっちを見たまえ」 「いいか、一回しか言わないからしっかり聞け」 キョンは僕の肩を掴みながら、こう述べた。 「佐々木」 「なんだい?」 「似合ってるぞ」 本当にキミという奴は。やっぱり罰ゲームになったじゃないか。ハッハッハッ、なんて高度な羞恥プレイだ。恥ずかしすぎる。……まあいいか。許してあげるよ。 なぜか?やれやれ、僕と彼の顔を見ればわかるだろ? 『おあいこ』だからさ。 完
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俺達は通学路から少し脇にそれ、閑静な住宅街の小さな公園に移動した。 ソメイヨシノと書かれた看板の場所に桜の木が一本と、 滑り台とブランコがあるだけの小さい子供でも遊びそうにない場所である。 その割には雑草等は綺麗に刈られており、こじんまりとはしているが見栄えは悪くはなくそれなりに利用できる環境は整っている。 だが裏道からしか入れないために公園内どころか人通りすら少ない。 こんな場所よりも近くに喫茶店にでも入って話をしたいところだったが、 電波な話を真剣に議論するところを同じクラスの奴にでも見られたら在らぬ噂が発炎筒のように立ち込めるだろう。 俺がそんな噂を聞いたら黄色い救急車を呼んでやるかもしれないね。 そんなことを考えていると佐々木はブランコに向かい片側に腰を掛け鞄を太股の上に置いた。 周りを見渡したのだがベンチはないし俺も佐々木の隣のブランコに座った。 「こうしてブランコを利用するのは何年振りだろうか。 この年になっても中々座り心地はいいのだが、少し羞恥心というものが邪魔をするのが残念だ」 確かに少し恥ずかしい。これならいっそ腹を括って喫茶店に入って話をしたほうが良かったかもしれない。 「たまにはこんな静かな場所も悪くないと思わないかい?僕たちの生活は喧騒の渦の中にあると言っても過言ではないからね。 特に最近は高校生という新しい肩書きになって間もないんだ、こうやって落ち着くことも必要だと僕は思うんだ」 確かに最近こんな風に過ごす事もなかったな。耳を澄ませると何かの鳥の鳴き声や風の切る音が聞こえる。 僅かに車の音が聞こえるのがこの場所をちょうど喧騒の渦の目にあたる場所のように思わせた。 「僕は橘さんの『その時』を受け入れようと思うんだ」 何の脈略もなくそう言った。今までの長い前振りの帳尻を合わせるかのように。 佐々木がこれほど早く決断しているとは思わなかったから、流石にこの答えは想定外だ。 「あの約束は考える時間が欲しかったからじゃないのか?いや…むしろ断るための口実にしか思えなかったんだが」 我ながらなんとも気の利いていない発言だ。考えるのと発言するのと同時進行は辛い。 佐々木は鞄の上に両手を置いて足元を見つめながら、 「先ほどの話し合いで僕はこう言ったよね、直感や解析は苦手だと。あれは本当にそう感じているんだ。 だから僕は色々な知識を蓄えたり人の経験を考えたりして補っている。 そんな僕があの話を聞いて幾分も経たずにこの様に決断したのは早計としか言い様がないだろう。 だけどね、この決断はキミの発言がきっかけだったのさ」 俺の発言? 「そう。受身は危険だ、ってね。それを聞いた時このまま断ったとしてもまた受身になるんじゃないかと思ったんだ」 おい、あれはそういう意味で言ったんじゃないんだぞ。 「解っているよ。あの時キミが言いたかったのは誘いに乗ることによって相手の思い通りになる、ということを言いたかったんだろう。 実はキミに言われる前から僕も同じ様に考えていた。相手の思惑を回避し、時間稼ぎと不測の事態を穏便に済ませる事だけを考えていたんだ。 その考えはキミの発言によって一層深まった。でも同時にこの考え自体が既に相手の後手に回っていると言える事にも気づいたのさ」 そんな事はない、あの時はあれが最善だったんだ。それに仕掛けたのが向こうな訳だし後手に回るのは必然じゃないか。 これから考えて先手を打ってやればいい話だろ? 「キミはもう既に半分答えを口に出しているんだよ、キョン。まず先手を打つのは無理だ。 理由は先手を打つためには相手のことをある程度理解していることが前提だからね。 橘さんはもう何年も僕を監視していると言っていた。 そんな人に最近知り合ったばかりの僕と今日が初対面のキョンでは太刀打ちが出来ないだろう。 だからキミの言う通り僕達は常に後手に回ざるを得ない。だけど後手に回る事自体が問題じゃないんだ。 先手必勝なんて四字熟語があるけどあれは攻撃を先に仕掛けることで不意を突き、 相手が混乱している間に勝ってしまおうという事だと僕は勝手に解釈している。 将棋だろうとオセロだろうと後手に回ったからといって必ず負ける訳じゃないからね。 寧ろ後手の方が有利な事もあるくらいだ。だけどそれはその事に対して対処法がある場合に限る。 残念ながら僕の知識、というより世間一般常識から先程の事柄に対しての対処法が見つからない。 新しい対処法を考えようにも相手が何をやっているかしっかり理解している事と、 自分に対してどのような影響が出るかという事が解らないと考え付く事は困難だ。 僕はこのようにお手上げなんだがキミはどうだい? 先程の出来事が理解できて自分にどのような影響が出たか説明できるなら教えて欲しいんだ」 自分の頭の中身が貧困な物であることを恨む。何一つ考え付くことがない。 「そう自分を卑下しないでくれたまえ。僕にも全く理解できないんだからキミと同じさ。 常に先手を取られ続けられることが分かっているのにその対処法が見つからないんだ。 ならせめて相手の土俵に上がれば何か分かるかもしれないと思った訳だよ」 佐々木は少し上を見上げオレンジ色の雲を見つめていた。 「キミの言葉でどう足掻いても今の僕達に勝ち目はない事に気づいたんだ。だから僕は咄嗟にあの約束を取り付けた。 ああやって条件を出したからにはこちらから何かをしない限り、『その時』まで僕達には手を出してはこないだろう。 この場でこうやって話が出来るのはキミのおかげなのさ」 違う、俺は何もしちゃいないんだ。 佐々木のあの時の分かったという言葉の意味が他にもあったなんて事気づきもしなかった。 これほど佐々木が深く考えていたのに俺は一体何をしていたんだ? 情けねぇ、感情に任せて突っ走っただけじゃねぇか。 遠くからカラスの鳴く声が俺に無力感を与えてくる。 「…怖くないのか?」 言葉を途切れてしまう事を気まずく感じ咄嗟に質問したとはいえ我ながら知恵の浅い質問をしてしまった。 「ないと言えば嘘になる、無知は恐怖だからね。それにまだ動揺もしているんだ。 過去問すらやらずに何時が試験日か分からない難関大学を受ける受験生のようにね。 だけどキミが一緒に来てくれたおかげでその覚悟が出来た。そのお陰で怖さも大分吹き飛んだね」 そう言うと佐々木は天を仰いだまま鞄を左手に持ちブランコから立ち上がり、 「キミは本来この話に関係ない。これは元々僕の問題だからね。 だからここからは僕一人で話を着けるよ。キミの身の保障が出来かねる。 何、橘さん達だって無茶な条件を話しているんだ。キミに関わらないよう僕が説得するよ。 ただし何かあったらこうやってキミに相談させて欲しいんだ。そうだね…当事者のサポート役といったところだろうか」 いつもの表情だったが何となく元気がないように感じた。 俺がそう感じただけかもしれない。だが俺は佐々木の横顔を見つめたまま何も言えなかった。 何となくこんな自分に自己嫌悪を感じる。 そのまま佐々木は座ったままの俺の前に立ち、鞄で塞がっていない右手を握手を求めるように差し出した。 「そろそろ暗くなってきたね。帰ろうか」 俺の気持ちを気遣うような行動。何となくブルーな気分になっていた俺は条件反射的にその手を握った。 佐々木の手がやけに温かく感じる。そしてそのまま太股の上の鞄を左手で持ちその手を借りて立ち上がった。 だが立ち上がっても何故か佐々木は手を離さない。俺より少し小さくしっとりとした手がしっかりと俺の手を挟んでいる。 その仕草に違和感を感じた俺は佐々木の顔を見て、 「おい、佐々――」 そこで俺の言葉は途切れた。佐々木は待っていたかのようにじっと俺を見ていたからだ。 大きな瞳は黒曜石のように深い輝きを放ってその瞳を見ている俺が逆に覗き込まれ吸い込まれるような感覚に陥った。 その間も手はずっと繋いだままで先程の異質な空間とはまた違った雰囲気を味わっている。 そのまま数分は経っただろうか?本当は数十秒…いや、ほんの数秒かもしれない。そんな錯覚を感じた頃に佐々木が口を開いた。 「今日は付き合ってくれてありがとう、キョン」 そう一言言うと佐々木は眉を下げ目を緩ませながら俺に優しく微笑んでいた。 その夜俺の頭は普段と違い労働時間外にも関わらず活動していた。 今日という一日はなんというかこう色んな意味で密度が凄まじかったためである。 そのため原因はざっと考えても俺の苦手科目の数くらい出てくるのだが一番の理由はあの佐々木とのやりとりだ。 あの後佐々木も俺も無言で歩を進め、佐々木と別れる時に一言別れの挨拶をかわしたくらいだった。 そして俺は家に帰宅し、けたたましく走り回っていた妹に出迎えられ部屋に戻った。 その後は晩飯を食い風呂に入り宿題を済ませた後、ウダウダ過ごし寝る支度をして今に至る。 実はこれらのことをしているときもずっと頭の中はこの事でフル回転していた。 佐々木の言い分は最もだ。元々俺に関係のない話な訳であり、本来なら佐々木が一人で解決する問題だったかもしれない。 そもそも平凡な高校生である俺一人が加わったところで常軌を逸した連中に対抗するのに何の力になるというのだろうか。 きっと佐々木はすぐにその事に気づき、元々関係のない俺には極力火の粉が降りかからないようにしたに違いない。 橘達もどうやら佐々木に協力をしてもらわなければ何もできないような様子だったし素直に協力をすれば危害を加えないだろう。 それに俺も平凡な高校生として佐々木の悩みくらいはサポートできる可能性がある。 こっちのほうがよっぽど現実的だし悪くはないんじゃないだろうか。 だがな…… ――それでいいのか? 確かに今話したことなら比較的安全に事が進むと思う。だがこの考えは幾つかの事柄を無視しているよな。 ひとつめは既に俺が関わっちまってるって事だ。でもとかもしとか元々とかそんなもん関わっちまった以上いくら考えても事実は変わりはねぇんだ。 後もうとっくに火の粉は降りかかってる。流石にあんな火の粉はあまり浴びたくはないが。 それにこういう事について人並以上の知識はあるつもりだ。夕方の体験で少しは経験の耐性もあるだろうしな。 まぁそれでも一般人と比較しても団栗の背比べ程度のものだろうが…ないよりかは幾分かましだろう。 ゲームで一番安い装備しかなくても装備してりゃそれなりに違う。 ふたつめは安全に事が進むのは俺だけだという事だ。 佐々木がこれからどうなるかどうか話を又聞きした奴でもろくなことにならない事が分かるだろう。 顔を見知った奴がそうなるとしているのにお前は話を聞くだけなのか?他に出来る事があるだろうが。 …おい、そこのお前だ。俺は自分に訊いてるんだよ。大事な事だからしっかり耳を傾けておけ。 お前も俺ならこの流れで俺が話しそうな内容くらいもう解ってるだろ? ――俺も当事者になるのが今一番できることじゃないか。 先ほど平凡な高校生である俺が橘達に対抗する力にならないと考えたがそれは悩みを聞くことだって変わりはしない。 悩みって言ったって普通の悩みじゃないのは火を見るより明らかだ。 もし地球が謎の侵略者に狙われててそれと戦わなければならないとか言われたらどんな答えを用意するんだ、俺? 話を聞いても愚痴こぼし程度にしかならず何の解決にもならない。 逆に俺の身に本当になにか及んでないか余計な気苦労までさせるかもしれない。 それどころかもし佐々木が急にいなくなっちまったらどうする? 仮にも顔見知った仲だし事情も知っているであろう俺は何もする事が出来ず、 無力感と後悔に煽られ途方にくれた情けない姿をしているに違いない。 佐々木の事を含め自分までもがそんな姿になる事が予想できてお前はそれでも何もしないつもりなのか? この考えに今の俺の気持ちを加味して考えると取る行動はひとつしかないだろう。結局俺には殆ど選択肢はないってわけだ。 ただ佐々木の気遣いが無駄になっちまうな。 せめて俺だけでもこの問題から遠ざけようとしてくれたろうに。 だがそれはあいつの責任感でやったことであって本心とは違うはずだ。 お前もあの桜舞い散る下り坂で聞いたよな。 「あいつは不安だと言ってたじゃないか。」 これがあいつの今の本心だとこれ以上に分かりやすい言葉はない。 そりゃ自分のことを神だと祀り上げて理解できない力を使い、 何をしようとしているかわからん連中相手に不安にならない奴はオスの三毛猫くらいいないだろう。 そんな時自分の他に同じ立場に立たされた人間がいれば俺みたいな奴でも一人より二人のほうが少しは気が紛れるかもしれん。 付き合いの密度は濃いとは言えないがそれなりに月日はたっている訳だしな。 更に佐々木には勉強や興味深い話等日頃から色々と世話になってるし、 大量に溜まった借りをそろそろこの辺で返しておいてもいいだろう。 もし佐々木がどうしても自分で解決したいならそれはそれでいいじゃないか。 だけどその前に一言くらい俺が何か言ったっていいだろ? まぁ普通に考えると激戦を繰り広げる戦場の最前線に送り込まれる兵士のように思えてしまうだろうが俺ならほんの少し違うはずだ。 ――興味あるんだろ? テレビや雑誌や本でしかなかった空想の世界が目の前に広がっているかもしれないんだ、興味がないといえば嘘になるよな。 今より危ない目に合うんじゃないかって?そんなもんミステリーに危険はつきものと言って強がっておけ。 先程言った兵士の心境の方が遥かにでかいのも否めないだろうが……。ほら、そこは怖いもの見たさってやつさ。 ただできれば当事者ってのはやっぱり勘弁してもらいたいって気持ちも少なからず未練があったりもするが。 こんなもんでいいだろう。そろそろ決めてもらおうか。結局どうするんだ?今すぐ明確に…… 「ごちゃごちゃ煩い。ついていくに決まってんだろ。」 俺は出来た人間とは言えんが助けを求めている知り合いを見捨てる程落ちぶれてる訳じゃない。 何が出来るかわからんがこの気持ちに嘘はない。 我ながら頭がおかしいんじゃないかというくらい自問自答をしたわけだが俺の取る行動はひとつに絞られた訳だ。 そしてその行動をとる覚悟ももう粗方決まっている。 佐々木はこれに対しどういう反応をしどういう風に事態が転ぶかわからんが、 これ以上ごちゃごちゃ考えても決断が今下される訳でもないし時間の無駄だな。 というか考えたくてもここ最近学生の本分である勉強の時でさえまともに使ってなかった俺の頭が悲鳴を上げている。 「さて寝るか」 俺には独り言を言うような癖はないと思うが敢えて言い聞かせるように口に出してみた。 大丈夫だと思うが明日のために寝付けないと困るからな。 佐々木の件を筆頭にお馴染みの通学路、学校の授業に国語の小テストと普通の高校生にしては中々ヘビーなスケジュールだと言えよう。 いや、もう普通の高校生とはいえないかもしれない……って俺の頭よ、もうサービス残業は済んだんだぜ?ほら休んだ休んだ。 かなりの時間を費やした考え事に疲れたのかおおよその決断が下され安心したのか、程よく睡魔が訪れ俺の考えは杞憂に終わった。 その翌朝、俺は珍しく妹やアラームよりも早く目が覚めた。 睡眠時間が普段より短いはずなのに妙に体が軽い。 誰も見てないにも関わらず気合を入れるが如く無駄に跳ね上がるように起き、 足取り軽やかに部屋を出る。 台所で「珍しく自分で目を覚ましたのね。」と母親に一声かけられながら 朝の挨拶をかわし用意してあった飯に手をつけた。 半分ほど食った頃に今日は時間に余裕があることを思い出す。 全く習慣と言うものは恐ろしい。ついいつものペースで食っちまった。 飯を食い終わり身支度を整えようと洗面所に移動しようとした頃、 台所に妹がやってきて物珍しそうに俺を見ていた。 「あれ、キョンくん今日はやーい。どしたの?」 どうしたも何もない。ただなんとなく目が覚めただけだ。 一応それらしい理由に心当たりがないこともないがお前に話したところでよくわからんだろう。 それよりもお前の学校のほうは新しいクラスになってどうなんだ。 「うん、おもしろいよー。あのねーんとねー」 早く目が覚めて時間に余裕があるとはいえ朝から長くなりそうな話は勘弁してくれ。 同じ学生とはいえ小学生よりは忙しいんだ。帰ってからいくらでも聞いてやる。 「ほんとに?じゃあまた夜にいっぱいはなすねー」 妹はスキップのようなリズムを取りながら歩き楽しそうに独り言を言いながらテーブルに着いた。 俺に話す内容を考えているのだろうか。ちょっといくらでもと言ったのはまずかったかもしれん。 話す内容が一通り終わってもまた別の話題がオアシスの水の如く続けてあふれ出てくるのを失念していた。 そんな後悔を尻目に俺は台所を後にする。顔を洗いいつもの様に着替えを済ませ鞄の中身をチェックした。 よし、完璧だ。完全に身支度が整ったところで時計を見る。何時もより20分は早い。 佐々木が来る時間は10分以上後なのだが、いつもは俺が待たせてるしたまには俺が待ってもいいだろう。 というよりなぜか今日は家にいると落ち着かない。さっさと話をしたいというのがあるのだろうか。 そんな期待を叶えるかのように玄関に出ると同時に声を掛けられた。 「おや、今日は随分早いんだね」 そっちこそ随分と早いじゃないか。この時間は流石にお前でも普段いない時間のはずだ。 「桜の花も見納めだからね。夕日だと桜本来の色が分かりづらいんだ。 だけど朝から見るには登校時間もあるし時間的余裕はない。 だから早く出てきたわけさ。もう葉桜になってるのが殆どだけど花はまだ少し付いている。 一面満開に咲き誇る桜は言うまでもなく壮観だ。だけどぽつぽつと疎らに広がった新緑と 淡い紅色の組み合わせだって中々感慨深いと思わないかい」 その感想に答えたいところだが生憎俺は俳人でも何でもない。 芸術とかそのあたりの事にはからっきしなんでな。 「まぁそうだろうね」 佐々木は目を細めながらいつもの笑い方をしていた。 そう、「いつも」の様に。 佐々木の様子はまるで昨日の事が無かったかのように全く変わってない様に見えた。 お馴染みの独特の笑い方といい早く来た理由の言い草といいまさに佐々木そのものだった。 だが全く変わらないその仕草を見た俺はほんの少し違和感を感じた。 この違和感はきっと昨日もあったはずだ。 気づく事が出来なかったのは俺は別の事に囚われていたからだろう。 だからあの時は思い浮かぶ言葉が何も無かった。 佐々木に言葉をかける事が出来なかった訳なのだが、 思い浮かぶ言葉があれば何か言えたのかと聞かれれば答えはノーだ。 あの時の俺には決定的に欠けていた物がある。 それは心構えだ。 岡部の様に精神論を論じるつもりもないし妄信するつもりもない。 ただ人間物事に対してアクションを試みる時何かしろ心構えが必要なのは事実だ。 俺にはそれが無かった。後から用意する事も出来るにも関わらずな。 理由は「別の事に囚われていた」って事なんだが、その内容ってのは俺の身の安全の事だ。 俺は佐々木の事も心配していたがどうやら本能的に自己防衛を優先していた。 自分の事が可愛くない奴なんてそう簡単にいやしない。 まして本能なんだから自然にとっちまう行動でもあるしな。 俺があの時感じた無力感は無意識にこの事を感じ取っていたからだろう。 これは首を突っ込むにはやばすぎる。俺の手には負えない。 なら首を突っ込まない程度に手助けできることを探そう。 俺の理性はそう主張していた。 だがこんなもん覚悟一つで簡単に一歩は踏み出せるもんだ。 人間理性だけで生きれるなら覚悟や精神論なんて言葉は生まれていない。 問題はその覚悟を決めるのが至難の業なんだがそれは腹を括った。 そして掛ける言葉も深夜サービス残業をしたおかげで、俺の考えられる範囲での殊勝な言葉が頭に保存されている。 駄目かどうかなんて考えは今は必要ない。やる事をやるだけだ。 俺はまだ冬の寒気がほんのり残った朝の空気を一息吸い腹の底から吐き出すように言った。 「昨日の事なんだがな」 すると佐々木は想定内といわんばかりの様子と共に、顔をこちらに向け俺を諭すような眼差しを送ってきた。 「昨日の事っていうと橘さん達の件だね。あれなら昨日僕が話したとおりだよ。 キミには迷惑をかけてすまなかった。僕の方は気にしてはいないからね」 前もって答えを用意していたように答えてきた。というか十中八九答えを用意していたに違いない。 だが俺の方だってまだまだ想定内の出来事だ。昨日起こったことの手前、佐々木の気持ちとそれに対しての答えは大体予想できた。 ここで引き下がる訳にはいかない。 「違う。その事も関係なくは無いが佐々木、お前の事だ」 「僕の事?」 疑問系だが表情は変わらない。変化が見られる事を少し期待したがそれでもまだ予想していた反応だ。 本題はここからさ。 「そうだ。お前自身はこれからどうなると考えているんだ? たしかに俺は元々無関係だが今はもう無関係と言えん。 事情を知った以上、顔を知らない仲ではない奴の動向に無関心なほど俺は無神経じゃないからな。 本来関係ない俺が巻き込まれた事を未練たらしくいうつもりはないんだ。 ただその変わりというか……お前の考えをもう少し詳しく聞かせてもらいたい。どうだろう」 佐々木はすぐに答えなかった。 そりゃそうだ、こんな意地の悪い質問の仕方をしたのは初めてだからな。 今まで佐々木に対してこんな条件を突き出して物事を聞き出すような事はしたことがない。 我ながら汚い戦法だとすこし後ろめたさがあるくらいだ。だがこれは俺にとっては駆け引きだ。 と言うか一種の論破とも言える。俺が真っ向から意見を言ったとしても佐々木の気持ちは昨日のままだろう。 あの佐々木と駆け引き…乃至は意見を論破しようとしているんだ。 それを変えると決めた以上どんな事でもやる必要がある。 鳶が鷹になるくらい無理がある話なのに形振り構って入られない。 今は出来る限り佐々木の考えや気持ちを引き出して主導権を握る必要がある。 それから暫くたっても佐々木は答えなかった。 変わりに顔を少し右に向け景色を見るような遠い目をして俺をみている。 まるで俺の心を見ているかのような仕草に少し動揺したが、俺は普段の態度と変わらないように努めた。 その行為に少し慣れ、何時発言するともわからない返事を待ち続ける時間は、 終わりが無いと聞くがまさにこんな感じなんだろうと考えられるくらい余裕が出来はじめた頃合だ。 「明日ありと 思う心のあだ桜 夜半に嵐が 吹かぬものかは」 「……は?」 俺はご馳走であるはずの豆が勢いよく自分目掛けて飛んできた鳩の様な反応をしてしまう。 緊張と慣れの狭間から突然違う場所に引き摺りだされ彷徨う感覚。 そんな状態から状況を飲み込もうとはじめても既に遅い。そのまま佐々木が続け様にこう言った。 「親鸞が9歳の時に作った歌さ。不意の事情でその日の内に行うはずだった髪を剃り僧侶になる儀式が遅れて、 明日に持ち越しになる事になった時に親鸞は歌でこう応えたそうだ。これはね――」 「……ちょっと待ってくれ」 プログラムのトラブルでエラーを吐き、 フリーズしたパソコンのようになった俺の頭がようやく復旧した。 たった一言でこの様になってしまう許容量しかない頭で、 駆け引きだの論破するだの大口を叩いてる様子はマーフィー牧師でも失笑物だろう。 だがそれでも何もやらず諦めるのは俺の考えに反するわけだし止めるわけにはいかない。 それにここで長考すると佐々木は話をどんどん進めてしまうだろう。さっさと考え始めちまわないとな。 なぜそんな歌を詠んだ?その歌の意味は? 他にもあらゆるホワイが頭の中で提示されているがさっぱりわからん。 大体佐々木の言葉の意図も意味も分からないのに、 それに対する答え方を考えようというのが無謀といえるんじゃないだろうか。 他の視点から考えてって、まてよ……そもそもこれは俺の質問に対する答えになってるのか? 佐々木が意味も無く歌を詠んだりするわけはないだろうがまずはこれから聞いてみたほうがよさそうだ。 「その歌は俺の質問の答えなのか?」 「そうさ」 やはりそうらしい。 「答えてもらって悪いんだがさっぱり意味が分からん。説明してくれ」 佐々木は少し頷いたような仕草をして、 「桜の花は古来から春という季節を代表するくらい日本に親しまれてきた植物だ。 薄い桃色の花が咲き乱れる様子は自然の花火と言っても相応しい。 だけど火薬を使った花火よりは長持ちするものの短い間にその姿は消え失せる。 夜中に嵐とまではいかなくとも突風が吹いたり、 大雨が降ったりとありがちな天気でもあっという間にね。 でもそれは人間だって同じ。すごく低い確率だけど、 今日の学校の帰りにも僕が交通事故にあって死んでしまうとは限らない。 誰にも未来なんて予想できないからね。他にもそういう要因を考えればキリが無い。 だから何があっても悔いの残らない様その日のうちに出来る事は明日に回さずその日に実行しよう、とそんな意味なんだ。 儚いものだからいつまでも当たり前の様にあると思ってはいけないってことさ」 授業中に教科書の朗読役に当てられた生徒の様に淡々と話した。 そう思えるのはその言葉は俺にだけ向けられてるのではない気がしたからだ。 佐々木が朝飯前と言わんばかりに話した内容は教科書の朗読やくだらない雑談とはかけ離れたものだった。 「橘さん達を全く信用していないわけじゃないんだ。 様子を見る限り嘘は殆どついてないと思う、突飛過ぎる話なのは別として。 ただ何が起こるか予想がつかないというのは本当に恐ろしいことさ。 それが物理の法則で図りきれず自身に身の危険が降りかかるかもしれないものなら尚更ね。 こんな事は必要最低限の人物構成で十分なのさ」 俺が佐々木と同じ立場ならこの覚悟ができただろうか。 友好的とはいえ半ば強制染みた話し合いの場を作り出せる立場の相手に不安になりながら。 俺は同じ状況でこんなに気丈に振舞えるだろうか。 相談できる奴は自分より冴えない唯の付き添い一人しかいないのに。 俺は何の見返りも期待できない危険な道を一人で進む勇気があるだろうか。 本心から一緒に来て欲しいと言わずに。 俺の前に立っている年端の変わらない顔の整った少女の覚悟はそう思わせる強く思えた。 俺にその強さはないかもしれない。 「お前の気持ちは良く分かった」 佐々木の助けになる事は何一つ出来ないかもしれない。 「分かってもらえたかい」 けれどもこれだけは出来るはずだ。 「俺も一緒に協力させてもらえないか?相談役じゃなく当事者として」 自然にそんな言葉が出ていた。 暫く続く静寂と共に暖かくも冷たくもない風が吹き荒れている。 その中佐々木は見知らぬ人に急に呼び止められたような表情を俺に向けながら、 「……僕の言った事がわかってもらえなかったかな?」 「理解したさ。これから先お前には理屈では説明できん事が付き纏うってことだろ? そしてそれに対するお前の考えと覚悟もな。それを承知の上の答えだ」 不思議と不安や戸惑いなんて感情を全く感じない。 その言葉を聞いた佐々木の表情は驚きと共に若干の失望が見られる。 「僕の配慮はキミに届かなかったわけか。ならはっきり言わせてもらう。 キミが来た所で事態が変わる確率は途轍もなく低い。ないと言い切ってもいいくらいに。 無駄だと分かってるのにこれ以上巻き込みたくないんだ。 それとも彼ら相手に有効な手でも思いついたのかい?」 多分佐々木も半分分かってこんな質問をしたんだろう。 「そんなもんない」 「なら――」 「それでも決めたんだ」 第三者に事情を説明して審議を開けば100人中99人は佐々木に賛同するものになるだろう。 残る1人はって?どこにでも1人はロクでもない奴がいるもんだ。適当に答えたりとかな。 俺もそんな奴と殆ど変わりやしない。 おもちゃを買ってもらえないのにおもちゃ屋で駄々をこねる子供と同じような我侭だ。 ただ一つ違うのは自分のためのおもちゃじゃないってところだな。 佐々木が一つ大きな溜息をつき穏やかで落ち着きのある眼差しを向け、 「聞き訳がない……というにはちょっと言葉のニュアンスが違うみたいだね。 キミとは1年と少しばかりの交流があるがこういう面を見るのは初めてだ。 だから一つ聞かせてもらいたい」 「ああ」 「キミは自分では頭が悪いように言ってるがそんなことはない。 僕やキミの様な一般人が一人増えたとして、 この事態に対してどういう意味を持つのか僕が言うまでも無く理解していたからね。 そればかりではなく自分の身に取り返しのつかない事が起こるかもしれない事も。 それを理解しながらなぜ僕に協力すると言うの?」 ここが正念場だ。だがここは考えるまでも無い。 昨日の夜に考えた内容がそのまま答えに当てはまるはずだ。 さぁ思い出せ。答えは予習万全、オールグリーン。明快だ。 佐々木の覚悟に相応して答える事ができる言葉は恐らくこれしかない。 「それはな、俺が――」 突然中から水が溢れ水圧に負けたかのようにバタンと俺の家の玄関ドアが開いた。 「いってきまーす。キョンくん、佐々木さんおまたせー」 靴の先を地面でケンケンしながら我が妹が乱入してきた。 ……なんだこの安っぽい昼ドラの演出みたいなタイミングは。 前もって出演者に台本を配ってもらわないと困るね。 演劇に全く無縁の奴らにアドリブで演技させるのは少しばかりハードルが高いぜ、神様。 「キョンくんどしたの?」 「なんでもない」 突然の妹の襲来に呆気に取られていたのか俺を見て妹が不思議そうな顔をしている。 さて、どうしたものか。今から言うには余りにも空気が違いすぎて不自然だ。 というか妹が居る状態でこの話はもうできないんじゃないだろうか。 「キョンくんやっぱりへんー。なに困ってるの?お話してー」 困ってるのはお前のせいなんだがな。 第一相談したところで内容の半分も理解できるとは思えない。 「大丈夫――」 ここで俺の言葉は止まった。俺の頭の中でなんとも言い難いものが駆け巡ったからだ。 例えるなら火花、化学反応、いや……もっと分かりやすい言葉がある。 閃きだ。あの漫画とかでピリーンとか演出でありそうなあれだ。 「おい」 俺は妹を見ながら呼びかけた。 「なにー?」 「お前にちょっとした問題を出す。今佐々木と話して聞かせてもらった教えてもらったものなんだ。 これでその人の性格が分かる問題らしい。すぐ終わる簡単な問題だから安心しろ」 「うんー」 俺の妹とは思えない程素直な返事だ。 少し余裕があるとはいえ忙しい朝の時間をいやな顔せず即答で裂けるのは、小学5年生とは思えない程純粋じゃないだろうか。 悪く言えばよく考えず答えた幼稚な行動とも取れるがそこは身内の贔屓目で目を瞑らせてほしい。 「お前に身近な奴、そうだな……学校の奴でいい。お前と付き合いのある奴だ。ある日そいつがすごく悩んでる。 そしてお前は悩んでる内容を偶然知ってしまう。とても一人で解決出来る事じゃない内容だ。ここまではわかるか?」 「わかるー」 本当に分かってるのだろうか。かなり心配だが今はこれだけが頼りだ。 「そいつは一人で解決しようとするが無理なのは目に見えている。 苦しんだそいつの姿を見てお前は心配するがそいつは大丈夫と言い張る。 お前は何か力になってやりたいと考えるがお前が協力しても解決できない。 だが悩み事だから他の人に相談するわけにはいかない。そんな時お前ならどうする?」 伝わったか不安だが大体こんなところだろう。 妹はうーと口を蛸の様に尖らせ顎に人差し指を当てながら考えている。 そして考えがまとまったのか、その仕草をやめ俺の方に向きこう言った。 「いっしょに考えてあげるー」 「お前が協力しても解決できないかもしれないんだぞ?」 「それでも一人より二人の方がいっぱい考えられるもん。それに学校のお友達が困ってるのみすごせないよー」 てへへと無邪気に笑いつつもはっきり言った。状況にもよるがうちの親の育て方は悪くはないようだ。 「そうか」 「うん!これでなにがわかるのー?」 「もうそろそろ学校行く時間だから帰ってから教えてやる」 「えー。今教えてー」 「駄目だ。帰ってきてからな。学校遅れるだろ?」 むーと頬っぺたに空気を詰め込んで不貞腐れる妹。 これで賽の目は振られた。後は結果を待つのみだ。 いつもの十字路で妹と別れ再び佐々木と二人になった。 今日は余裕をもって出たから話しながらでも間に合うだろう。 木につく緑の葉が若干目立つかなという変化くらいしか昨日と変わり映えしない風景。 大して広くもない道に所狭しと車や自転車、通行人が通る。 時間を潰す様に周りを見渡してみたが大したものは何一つなかった。 昨日と同じく静かな時間が流れている。 自分では手応えがあるが高得点を取れているるかと聞かれれば、 元々の成績が良くないため何とも言えない様な心境だ。 やる事はやったしこれで駄目ならもう俺にはどうしようもない。 痺れを切らして隣を見る。佐々木と目が合った。 何食わぬ表情をして少しばかり溜息のような吐息を漏らしている。 「妹さんをダシに使うとは恐れ入るよ」 「ダシに使ったわけじゃない。あいつが話してみてと言ったから話したまでさ。 あいつにも分かるように少し脚色はしてあるけどな。とはいえ勝手にお前の提案にしてすまない。 咄嗟だったから機転が利かなかった」 佐々木が少し自虐的な微笑をしつつ、 「僕は全然気にしていないよ。それに機転もしっかり利いていたさ。方向性は違うけどね」 皮肉のスパイスがたっぷり入った一言を頂いた。 俺だってかなり罪悪感があるんだから当然の一言と言えよう。 「しかしキミも中々食えないね。いいと悪いの両方の意味でね。 その調子で橘さん達にもこれからもよろしく頼むよ」 俺は足を止める。忠犬ハチ公の様に待ち侘びた俺に待望の一言が聞こえた。 「いいのか?」 「仕方ないじゃないか。あそこまで食い下がって来るのに駄目だ言っても、 キミは僕に黙ってアクションを起こすに違いないからね。そうなると結局キミを巻き込むのと同じ事なのさ。 それならいっそ一緒に居た方が監視できるというものだよ」 佐々木は出来の悪い生徒を持つ先生のような口ぶりでそう答えた。 実際出来が悪いし俺の目的は果たされたわけだからそれはそれでいいさ。 予定より大幅に狂い不恰好だがなんとか形になった事を素直に喜んでおこう。 「さて……」 佐々木がふと思い出したかのように呟いた。 「それじゃあさっきの続き、聞かせてもらえる?」 続きって何だ。 「それはな、俺が――の続きさ」 大事な場面の再確認をするべくページを戻すようにもう一度思い返す。 出来の悪い演劇の山場で語られるような歯の浮いた台詞が出てきた。 「言わなくてもさっきのでわかっただろ」 顔を佐々木の方向に向ける。佐々木は微笑んでいた。 悪戯に成功した子供のような独特の笑みを俺に向けて。 「さぁ……よくわからないな。だから聞かせてもらえるかい? 勿論嘘や誤魔化しは駄目だからね」 あの台詞を今この場所で言えってか? そんなこと言っちまった日にゃフロイト先生も爆笑しちまうような状況になる事受けあいだ。 もう事件は解決し誰も刑罰を受ける必要はないのに、 自分が首を絞められに階段を上る死刑囚みたいな真似はしたくない。 だが答える以外の考えが思い浮かばない。どうやら観念するしかなさそうだ、畜生。 佐々木の無言の催促を肌に感じ春うららかな天候の中、 坂道を歩く汗とは違う別の汗を背中にかきつつ俺はこう言った。 「それはな、俺が……こういう不思議な事に対して目が無いからさ」 一瞬時が止まった様に佐々木は呆然としていた。 やがて思い出したかの様にいつもの笑いをしていたのだが少し様子がおかしい。 そしてそれは徐々に音声として明確になった。 「くく……ぷっはっはっは……あっはっはっは」 まさに関をきったような笑いというのはこういうことを言うのだろう。 あの佐々木が周りが怪訝に思うくらいの大きな声で爆笑していた。 一年以上付き合っていたがこんな笑い方を見るのは初めてだ。 どんなジョークやお笑いにもこれほど笑っていた記憶が無い。 その後も暫く笑い続けようやく笑いが収まった頃、 「キミってほんと面白いね」 なんだその全て分かってますという顔は。 言っとくが俺は嘘は言ってないぞ。これも本心だからな。 俺の表情を見て佐々木が少し含み笑いを繕いながら、 「そういう事にしておいてあげるよ。それでも不満なら僕の思ってる事をキミに話そうか?」 「別にいらん。終わった話をいつまでも話題にするのは蛇足だからな」 「それは残念だ」 これで一応決着がついたわけだがどうにも腑に落ちないのは気のせいだろうか。 試合に勝って勝負に負けた感覚が妙に芯に残る。早めに忘れたいもんだぜ。 だが気分が優れない上にこの急勾配を見ると余計気が滅入りそうだ。 隣を見る。俺とは対称的な佐々木の屈託の無い笑顔が忌々しく見えた。 佐々木とキョンの驚愕プロローグ 佐々木とキョンの驚愕第1章-1 佐々木とキョンの驚愕第1章-2 佐々木とキョンの驚愕第1章-3
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※はじめに 本SSの製作にあたり、part10スレに投下された『無題(1)』および『無題(2)』の設定を 一部拝借させていただきました。この場を借りて、お断り、並びに御礼申し上げます。 熱を出して倒れた長門のもとへ、俺は走っていた―――はずだった。 先頭を行くハルヒの背中が揺れている。続く古泉と朝比奈さんの背中も。 そして、最後尾を走る俺が視界のほんの端っこに小さな影を捉えた次の瞬間、 ものすごい勢いで急降下してきた一羽のカラスが、ハルヒの鼻っ面をかすめた。 とっさに身を引き、小さな悲鳴をあげるハルヒのスローモーションめいた映像。 それが、たぶん俺がこっちの世界で見た最後の光景だったのだろう。 この0コンマ何秒か先の未来に、世界は変わったのだ。あの奇妙に歪んだ世界に。 『キョンと佐々木の消失』 話は昨日の日曜日に遡る。あの忌々しい未来人野郎と許すべからざる朝比奈さん誘拐犯とディスコミュニ ケーションを地で行く宇宙人と、それに俺の旧友である佐々木とのいろいろな意味で忘れられない会合か らの帰り道、俺は自分の迂闊さに悪態をついていた。くそ、店に財布忘れた。 家まであとわずかという距離まで来て雨の中を喫茶店まで戻る憂鬱さを、俺ののっぴきならない財政事情 が吹き飛ばすまでに大した時間はかからなかった。そもそもなぜ自分で支払いもしなかった店に財布を忘 れる事態に陥ったのかを本気で考察しながら、俺はもと来た道を歩いて行った。 幸い、俺の財布は喜緑さんが無事に保管してくれていた。念のため後で中身を確かめたが、宇宙人お得意 の情報操作もされていないようだ。いや、増える方向にならいくらでも操作してもらいたいもんだが。 と、礼を述べて店を出ようとした俺を喜緑さんが呼び止める。「同じ席に置いてあったので、お連れの方の 忘れ物ではないでしょうか?」と差し出されたそれに、俺は大いに見覚えがあった。 それは、黒いポケットラジオだった。佐々木の物だ。確か中学時代に従兄弟の兄ちゃんに買ってもらった 代物だったと思う。一時期のあいつはラジオの投稿番組にすっかりハマり、投稿番組というコミュニティ に見る集団心理、なんて話を自転車の荷台からよく聞かされたもんだ。妙に懐かしいな。 なんにせよ大切なものだろう。あいつから親友認定された身としては、責任もって届けてやるのが筋とい うものだ。俺はその旨を喜緑さんに約束すると、鉛色の空の下、ゆるゆると帰宅の途についた。 そして翌日の、まさにたった今だ。 ハルヒの眼前をかすめたカラスはそのまま急上昇に転じ、あっという間に青空に引っ付いた小さな染みに なっていた。その様子をマヌケ面をして見つめていた俺が視線を地上に戻すと、そこにはハルヒも古泉も、 あの麗しの朝比奈さんすらも―――掻き消えたようにいなくなっていた。 俺がカラスを見上げていた間にはぐれたのか? ずいぶん足の速いことだと、まだこの時はのんびりと構 えていた俺は、深く考えるでもなく携帯でハルヒをコールした。 「ただ今おかけになった電話番号は、現在使われておりません―――」 は? 俺は液晶表示でコール先が間違いなくハルヒであることを確認してから、もう一度かけてみた。同 じアナウンスが流れる。あいつ番号変えたのか? そういう情報はシェアしろよな…って待てよ、俺が最 後にハルヒに電話したのっていつだったか…まあいい、古泉の奴なら繋がるだろう。 「ただ今おかけになった電話番号は、現在使われて―――」 なんだ…? 本能的に血の気が引いた。この1年間で鍛えられた俺の超常現象センサーが警告音を発して いる。それを無視して、俺が知る限り最も頼りになる番号に発信する。すまんな長門、熱で辛いところを 呼び出しちまって。だが、いつもの沈黙を期待していた俺の耳に届いたのは。 「ただ今おかけになった電話番号は、現在―――」 3度目のそれは、間違って取ってしまった霊界からの電話並みに破壊力があった。恐いものから反射的に 目を逸らすように終話ボタンを押した俺は、自分の心臓が嫌な脈の打ち方をしているのを自覚する。 くそ、落ち着け。俺が取り乱すとロクなことにならないのは経験済みじゃないか。去年の12月と同じ失敗 を繰り返す気か? 朝比奈さんに怯えきった目を向けられたあの時のような。いやいや、まてまて、まだ 朝比奈さんにかけていないじゃないか。 一縷の望みをかけて通話ボタンを押した俺を出迎えたのは、そうなることがあらかじめ決まっていたとい わんばかりの、無機質なアナウンスだった。 状況を整理する必要があった。近場の公園のベンチに腰掛けて缶コーヒーをすすりながら、俺は考えるこ とに意識を集中させようとしていた。俺を除くSOS団全員と突如連絡が取れなくなった。何故だ。オス の三毛猫が生まれるのに匹敵するくらいの偶然が起こって、あいつらが一斉に電話番号を変えたのか? 馬鹿言うな。ハルヒはともかく、朝比奈さんや古泉なら即座に新しい番号を伝えてくるのは間違いない。 それに長門に至っては、ほんの30分ほど前にハルヒが電話したばかりじゃないか。 そもそもハルヒ達はどうなったんだ? そうだ、電話が繋がらない以前に、あいつらが実際に居なくなっ たから俺は電話をかけたんだ。一体、何が起こっていやがる。 唾を飲みこみ、せり上がってくるパニックを抑える。俺は震える指で、頼れる先輩にコールした。 「やあ! どしたいキョンくんっ。んー? なんか声に元気がないよっ! ふえ? あたしに聞きたいこ と? おうっ、オトメの秘密以外だったらなんでも答えてあげるっさ!」 鶴屋さんの破天荒なテンションに少し勇気づけられて、俺は言葉を選ばずストレートに質問した。 ―――変なこと聞いて申し訳ないんですが、ハルヒ達がどうなったか、ご存知ありませんか? 受話器越しにも分かるタメに続いて、聞こえてきたのは彼女の爆笑だった。 「ぶははははっ、キョ、キョンくんどーしちゃったのさっ!? ハルにゃん達なら、揃って転校しちゃっ たばっかじゃないかっ! 君が引越し手伝ったんだろー! どうしたのだ少年っ!?」 ―――え? 「だ・か・らっ! みくるもハルにゃんも長門っちも古泉くんも、みーんな昨日、カナダに転校しちゃっ たんじゃないかっ! 君らのHRでも言ってたはずだよっ!? キョンくんホントに大丈夫かい?」 鶴屋さんの声がやけに遠い。俺は何か適当に返事をして、そして適当に電話を切った…ように思う。 念のため、谷口と国木田にも確認を取ってみたが結果は同じだった。―――今朝のHRで言ってたじゃな いか、お前が引越し手伝ったんだろ、連中はもういないんだ、お前大丈夫か? と。 ああ、大丈夫じゃないさ。俺はさっきまであいつらと長門のマンションに向かってて、その途中で飛んで きたカラスを何気なく見上げて、目線を戻したらあいつらがいなくなってて、不思議に思ってまわりに聞 いたら昨日全員カナダに引っ越しました、だと? 何だよそれ。 俺だってこの1年でいろいろと奇妙な目に遭って、そりゃある程度の免疫はできてるつもりさ。でもこれ はあんまりじゃないか? デタラメだ。去年の12月に紛れ込んだ改変世界の方がまだマシだ。立場は違え どあいつらはちゃんといたし、それなりに納得できる背景もあった。でも今回のこれは何だ。 まるで、今まで住んでいた街がいきなり核ミサイルで吹っ飛ばされたような理不尽さだ。それに、カナダ に転校という不吉な符合のおまけつきと来た。俺は消滅する朝倉のイメージを頭から追い出し、とっくに 空になった缶コーヒーを見つめて―――自分に落ちる、誰かの影に気付いた。 「やはりキョンか。遠目にうなだれる姿を見てすぐに分かったよ。君のシルエットは、昔からかなりエキセン トリックなものなんだが、君自身は気付いているのかい?」 顔を上げると、そこに制服を着た佐々木の姿があった。仕立ての良さそうな黒ブレザーに同色のスカート、 胸元には臙脂のストレートタイ。彼女の通う有名進学校のものだ。口元には、くつくつとした独特の笑み。 俺の中で、緊張の糸が急速に解けていくのが分かった。だがその速度が速すぎる、やばいな。 「酷い顔だな、まるで幽霊でも見たかのようだぞ。念のため確認しておくが、まさか僕の制服姿を見たか らそんな顔になったのじゃあるまいね。だとしたら僕にも怒る権利が―――おい、キョン?」 気が付けば、俺は佐々木の両肩を掴んでいた。くそ、何やってんだ俺は。でも佐々木、聞いてくれ、ハルヒ 達がいないんだ。朝比奈さんも古泉も、さっきまで俺と一緒にいたのに――― 「ちょ、キョン、肩を離してくれ、一体…どうした?」 突然消えちまって、まわりの連中に聞いたら全員カナダに引っ越したなんてことを――― 「何を言って…い、痛い、痛いよ、キョン!」 去年の時とは状況が違うんだ、あいつらに電話も通じないし、あの長門の部屋すら不通で――― 「……………」 何かあいつらのことで知ってることはないか? どんなことでもいいんだ、佐々――― 「――――――落ち着けっ!! キョン!!!」 氷のように鋭い叱責が全身を貫いた。びくりと体をのけぞらせた俺の顔に、暖かいものが触れる。佐々木 の手だ。佐々木は両手で俺の顔を包むと、憂いをたたえた黒い瞳で俺の目を覗き込んでこう言った。 「キョン、僕と君の記憶には特に齟齬は無いように思える。実はここ最近、橘さんが僕のところに毎日連 絡をよこして来てね、頼んでもいないのに涼宮さんの動向なんかを伝えて来るんだ。正直なところ少々辟 易しているんだが、今日の昼休みの電話で彼女は言っていたよ。涼宮さんは、普段どおり学校に来ている とね。だから君の記憶は正しい。何があったのかは知らないが、少し落ち着きたまえ」 それだけだった。たったそれだけのことで、俺の心は嘘のように鎮まった。そうしていったん落ち着いて みると、さっきの俺が佐々木にしたことがまざまざと脳裏に蘇ってきた。ぐあ…最悪だ俺、マジで成長し てねぇ。佐々木すまん、本っ当にすまん! この通りだ。 「気にするな、と言ってもどうせ君は聞きそうにないからね…ひとつ貸しだよ、キョン」 ああ返すとも。トイチで一年引っぱった借金を一括返済するくらいに大きくして返すさ、必ずな。 「ところで佐々木、さっきの話だが…本当なのか?」 「僕の方こそ良く聞きたいね。いきなりのことで僕も半分くらいしか聞いていないが、涼宮さん達が4人 まとめてカナダに転校したとか言っていたね。まさかとは思うが、君ともあろうものがそんな荒唐無稽な 話を信じて、あそこまで取り乱したわけではあるまいね」 俺はここに至るまでの状況を説明した。最初は小馬鹿にしたような笑みを浮かべて俺の話を聞いていた佐 々木だったが、話が進むにつれて顔つきは真剣そのものとなり、話を聞き終わると同時に「ちょっと待っ てくれ」と自分の携帯からどこかに電話をかけた。 どうやら電話の相手は橘のようだ。佐々木は俺から聞いた話の要点を伝え、得られた反応に対して2~3 質問し、最後に「ぜひお願いする、よろしく」と言って電話を切った。 「橘さんがこれから合流してくれるそうだ。キョン、確かに君の言うとおり、僕たちは深刻な事態の渦中 にいるのかもしれない。取り乱すのも無理からぬことだ、さっきは疑ってすまなかった」 いや、お前に謝られるとむしろ辛いんだが。それより、何か分かったのか? 「橘さんはこう言っていたよ。今日の昼休みに寄越した電話の内容は、涼宮さん達の転校に伴う善後策に ついてだったと。それと、昨日の喫茶店での会合内容も、それに準じたものだったそうだ」 俺は溜息をついた。誘拐魔に期待していたようで癪だが、超能力者にまでそう言われると不安になるぜ。 「君が電話をした学友も含めて、涼宮さんの転校を肯定する者がこれで4人だ。実際に涼宮さん達と連絡 不能な状況が起こっている以上、僕らが共有している過去とこの世界の過去に齟齬があるのはどうやら確 実だね。これで、僕も傍観者ではいられなくなったというわけさ」 だから君に協力するよ―――と、佐々木は柔和な微笑をたたえて俺に言った。 橘との合流場所は、例のSOS団御用達の喫茶店だった。橘を待つ間に佐々木はもう一本電話をかけ、 塾を休む旨の連絡を入れていた。なるほど、あの公園を通りかかったのは、塾に行く途中だったのか。 でもズル休みしちまっていいのか? お前の学校、予習無しについていくの大変だろ? 「勉強の遅れは後からでも取り戻せるさ。それに、今の僕にしかできないことをしたいじゃないか。親友 のあんな顔を見てしまってはなおさらだ。僕はこう見えても情には厚いんだよ」 それについては猛省中だから言うな。せいぜいここのコーヒーくらいは奢らせてもらうからさ。 「いい心がけじゃないか。くくっ、この話はしばらく使えそうだな―――っと、橘さん、こっちだ」 昨日と同じく私服姿で店に現れた橘京子は、佐々木の隣の席に座るとアップルティーを注文した。 「いやー、キョンさんとこうして連日会えるなんて、私も組織内で鼻が高くなるというものです。お互い に不幸な誤解もありましたが、話合いを続けていけばいつかきっと分かり合えますよ」 朗らかな笑みを向けてくる橘だが、俺は内心穏やかではない。こいつは朝比奈さんを攫った連中の主犯格 なんだ。お前が忘れても、俺は許すつもりはないからな。 「キョン、すまないがその話は今回は無しで頼む。今日の目的は、お互いが持っている情報をオープンに して共有化することだ。で、キョン。まず君にいくつか質問をしたいのだが、いいだろうか」 おう、何でも聞いてくれ。俺のなけなしのプライベートに関すること以外なら何でも答えるぜ。 「結構だ。では、君がこれまでに体験した『異世界』とはどんなものだったのか、まずは詳しく聞かせて もらえないか。異世界の定義については君に任せる」 俺は要点のみを答えた。朝倉の情報制御空間、古泉に連れて行かれた閉鎖空間、ループする8月、カマド ウマの砂漠、長門の改変世界、雪山の古城、それに…ハルヒが隣にいた新世界。改めて並べると、その数 とバラエティの多さに驚く。ハルヒと話が合いそうな某FBI捜査官だってこんなには体験してないぜ。 「少々羨ましくなるくらいの見事な遍歴だね。では、そこからの脱出方法についても聞かせてくれ」 これも順番に答える。長門による救出、古泉の同伴、えーと…宿題? 長門と古泉の活躍、長門の緊急脱 出プログラム、長門とハルヒと古泉の連携プレー、最後のは…黙秘権を行使するぞ、これっぱかしは。 「それは、僕の前では話せないという意味なのかい?」 いや、これは誰に対しても平等かつ普遍的に話せないものであってお前だけが対象ではないから安心しろ。 「ふうん…僕としては、それはむしろ残念だけどねぇ。まあそれはさて置き、その長門さんの作った改変 世界というのはなかなか興味深いね。過去一年間の範囲で情報の改竄が行われていた、か」 佐々木はそう言って自分でまとめたメモをペンで弾いた後、橘に視線を向けた。 「お待たせしたね。では、橘さんにもいくつか質問をしたいのだけれど」 「はい、佐々木さんにならプライベートなことまでガンガン答えちゃうのです!」 「いや、そういうものは大事に仕舞っておいて欲しい。聞きたいのは、時系列ごとの情報の変化だ。まず 確認だけれども、今日の昼に私に寄越した電話の内容は、涼宮さんの転校に関することで間違いないね。 決して、彼女が今日学校に来ていた、という内容ではなかったと断言できるかい?」 「できるわ。涼宮さんが転校したのは昨日ですから、今日になってそんな電話をするはずがありません」 「では昨日の会合―――この店で行った会合はどんな内容だった?」 「涼宮さんの転校は私たちにとって絶好の機会だったから、この機を逃さず佐々木さんに神様になっても らおうと…で、キョンさんの説得に当たったんですけど、話してみたらすっごく頑固で」 おいおい、考えが甘すぎなんじゃないのか誘拐犯。でも妙だな…ま、この疑問は後にしておこう。 「ではさらに時を遡るよ。橘さん、あなたはいつ、誰から、涼宮さんの転校の情報を得たの?」 「昨日聞いたんです…組織の…えーと、あれ?」 なんだ? いきなり橘の供述が曖昧になった。佐々木がさらに問い詰める。 「それは組織の人間だったの? だとしたら男性だったか女性だったかは?」 「えーと、なんで…? 顔が浮かばないです…あれ?」 「聞き方を変えよう。あなたは本当に…『人間』から情報を得たの?」 なんだそれは。佐々木は、既に何らかの確信を持っているらしい。でなければこんな質問なんてできっこ ない。対する橘は、すでに顔を俯けてしまっている。 「メールや電子媒体だった可能性は? それとも手紙? あなたは『何』から情報を得たの?」 「…変です。どうやって情報を得たかのイメージが全くありません。涼宮さんが転校したという事実だけ が頭の中心にあるような感じで…ちょっと恐いです、ね」 「…橘さん、申し訳ないがあと少し付き合ってくれ。昨日の会合について、あなたは私に事前に連絡をく れたね。確か前日の土曜日、午後8時頃だったと思う」 「そうですね…たぶん、そのくらいの時間だったと思います」 「では」と、佐々木は少し唇の端を歪めながら「その時の会話の内容は?」橘に訊ねた。 「え~、どんどん勢いづく涼宮さんのSOS団に脅威を感じた私たちが、他の勢力と力を合わせて作った 対抗組織の顔見せのため…って」 そこまで言って、ようやく橘も矛盾に気がついたらしい。顔が心なしか青ざめて見える。 「おかしいね。前日の連絡内容と、当日の会合の内容が異なっている。それとも、日曜になって涼宮さん が転校したという情報を得て、議題を変えたのかな? 会合の司会役はあなたが務めていたけれど、そう したセッティングをした記憶は?」 「あり…ません。すみません佐々木さん、あたし、ちょっと頭が痛いです」 「もういいよ。追い詰めるような聞き方をして悪かったね。でも、お陰で大事なことが分かった」 俺にも何となく分かってきたぜ。そうか、あまりに事態が急変したんで気付かなかったが、ここは… 「―――この世界は、改変された世界なのか」 「恐らく正解だ、キョン。君が長門さんのマンションに向かっている途中で『SOS団の4人が転校する』 という情報改竄が行われたのだろう。改竄の過去への影響力はきわめて短く約1日。そして、僕とキョン だけには何故か改竄が及んでいない―――現時点で集まる情報は、こんなものだろうね。構成としては、 12月に長門さんが作り出した世界に極めて近いものなのだと思う。情報を改竄された特定の個人の存在、 大きく開きはあるものの改竄が過去に遡って行われている点、そして、僕らのようなイレギュラーの存在、 ―――共通項が多過ぎる。事態収拾にあたってのモデルケースとして、長門さんの改変世界は大いに参 考にされるべきものだと思う」 緊急脱出プログラムか。でも、あれは長門が自分で用意したものだ。この世界にあるんだろうか。 「長門さんと同等の能力を持つ誰かが用意しているかもしれない。これは仮説に過ぎないが」 長門にタメ張れるような奴となると限られるな…と、俺は連想しかけたおぞましい存在をあえて頭から振 り払った。あんな、いつ動いたかも分からない腕で人の手首を鷲掴むような奴―――って、ああ! 「な、なんだキョン、いきなり変な声を出して」 「喜緑さんだ、喜緑さんのことを忘れてたぜ…あの人なら何とかできるかもしれない」 「喜緑さん? え~と、誰でしたっけ、それ?」 いただろ昨日、この店のアルバイトで、九曜に腕つかまれて因縁つけられたかわいそうなお方が。 「あたしのいた昨日にはそんな人いなかったですよ。佐々木さんはどうですか?」 「僕にとっての昨日とは、つまりキョンの昨日だからね。覚えているが…その彼女がどうかしたのか?」 彼女もまた、宇宙人製の有機アンドロイドであることを俺は説明した。長門とは属している派閥が違うら しいが、少なくとも敵になる存在ではないはずだ。そういえば、今日は店内にいないな。 「なるほど。橘さんの昨日には登場しなかったというから、彼女が既に改変に巻き込まれている可能性も 否定できないが…当たってみる価値はありそうだ。キョン、明日学校で接触は可能かい?」 生徒会室の主みたいな人だからな、会えると思う。それと、念のため長門のマンションにも行っておきた い。ひょっとしたら、あいつが何か手がかりを残してくれているかも知れんからな。 「分かった。だが時間も遅くなってきたことだし、今日はここでお開きとしよう。長門さんのマンション は明日の放課後に訊ねればいいだろう。橘さん、無理をさせてすまなかったね」 「いいえ、佐々木さんがお困りなんですから、私としては今後も全面的に協力しますよ。ただちょっと、 今日の話はさすがにショックが大きくて…」 自分の信じていた世界が嘘っぱちだと言われたのだ、そりゃ頭痛もするだろう。俺はちょっとだけ橘に同 情した。俺と佐々木が元の世界に戻れたとして、その時こいつは―――どうなるんだろう。 足元がふらつき気味の橘を店先で見送った後、俺は先程の会話中に湧いた疑問について訊ねてみた。 「橘の話じゃ、昨日の会合には俺も出席していたみたいだな」 「君と話してみたらとても頑固だった、と言っていたね。嘘ではないと思う」 「だがな、俺のクラスメイトと先輩は、昨日の俺はSOS団の引越しを手伝っていたと言ってたんだ。余 程の過密スケジュールを組まないと両立は無理だぜ。一体、この世界の過去はどうなってんだ?」 佐々木は、答える代わりに何かを考えながら…しばらく視線を中空に漂わせた。 「矛盾はいくらでも出るのだろう。君が話してくれた長門さんの改変世界に比べると、アラが多過ぎるよ うな気がしてならない。まるで、小さな子供がついた嘘のような世界だ」 そう言った佐々木の瞳には、静かな決意じみたものが宿っていた。 「それ故に、僕は君とともにここから出られることを確信している。誰がついた嘘なのかは分からないが、 拙い嘘は綻びるものだ。その綻びは、必ず元の世界に通じている。今はそう信じようじゃないか、キョン」 この歪んだ世界に放り込まれて動揺していた俺に、揺るがない指針を与えてくれたお前が言うんだ、信じ るさ。そのお礼って訳じゃないが―――俺は、ポケットの中でもて遊んでいたものを佐々木に手渡した。 「昨日の忘れもんだとさ。大事なんだろ、これ」 差し出された黒いポケットラジオをしばらく見つめていた佐々木は、それを手にとってこう言った。 「………ずっと探していたんだ。ありがとう」 翌日。 午前の授業を上の空で聞き流した俺は、昼休みに急いで弁当をかっ込むやいなや、早足で生徒会室に向か っていた。あの生徒会長に事情を話すわけにはいかないが、喜緑さんが今日俺と会うことになっているの なら、問題のないシチュエーションが用意されているだろう。俺にはそんな予感があった。 だから、ノックして入った生徒会室に会長の眼鏡面しかないと分かった時、俺は少なからず落胆した。そ んな失礼な感想を抱く俺の内心を知ってか知らずか、早々に素の顔をさらけ出して用向きを聞いてきた会 長に、俺は喜緑さんの所在を訊ねた。 「喜緑君なら、家族旅行で一週間ほど休校しているよ。お陰で俺の方は忙しくてかなわん。もっとも、古 泉が慢性春女ごと転校してくれたから、下らんことに頭を使わないで済むのは助かっているが」 宇宙人製対人インターフェースが家族旅行。その答えだけで、喜緑さんがこの世界にはいないことは十分 過ぎるほど痛感できた。だが。 「その喜緑君から、お前にあるものを渡してくれと頼まれている。これだ」 そう言って、会長は机の中から一通の封筒を取り出した。丸っこい牛の絵柄がプリントされた、朝比奈さ んのものに負けず劣らずファンシーな封筒だ。 「伝言はふたつ。今回私にできるのはここまでです―――それと、ラブレターではないので期待はしない で下さい―――とのことだ。涼宮がいないから大丈夫とは思うが、俺に迷惑をかけることだけはするなよ」 封筒を受け取って生徒会室を辞した俺は、そのままトイレの個室に入った。その手のものでないことはご 丁寧に伝言つきで念を押されていたが、これも朝比奈さん(大)の指令を遂行した際に身についた条件反 射的な行動って奴だ。だが、封筒を開けた俺は「なんじゃこりゃ」と素っ頓狂な声を上げることになった。 そこには―――謎のアルファベットの羅列と、宇宙人用ビンゴゲームのシートにしか見えない奇妙な図表 が書かれているだけだったからである。 放課後。 佐々木達と合流する前に、俺は文芸部室に立ち寄っていた。別に何かを期待していたわけじゃない。何と なく、今の俺の立ち位置を確認したくなったのだ。 見慣れたドアを開けたそこには、団長机もパソコンも、朝比奈さんの衣裳も古泉のボードゲームも、何も かもがなくなったボロい部室が広がっていた。かつてポットがあった場所の近くに、俺用と客用の2つの 湯飲みだけがポツンと取り残されている。長門の蔵書だけはそのままの形で残っていたが―――まあ、い ちおう文芸部室だしな―――例のSF長編に、あの栞は挟まってはいなかった。 別に期待していたわけじゃないさ。そう声に出して、俺は佐々木と橘の待つ喫茶店に向かった。 喫茶店には、すでに二人の姿があった。佐々木が制服を着ているってことは、こいつは塾を休んでいるの を親に黙っているのだろう。何となく申し訳ない気分になる。さっさとこんな茶番は終らせるべきだ、で きれば今日中にケリをつけたいものだが。 一方の橘はというと、昨日の帰り際に見せていた冴えない表情から一転、カラッとした晴れやかな笑みを 浮かべている。そういった気丈さには大いに賛辞を贈るところだが、俺がお前を許したわけじゃないんだ からあんま調子には乗んなよ。 「もぅ~ひどいですよキョンさん。せっかく昨日のショックから立ち直って、お二人のために誠心誠意お 手伝いをしていこうと決めた矢先に、モチベーションを下げるようなこと言わないで下さい」 「そうだよキョン。彼女は僕らとは立場が違うにも関わらず、こうして献身的に協力してくれているんだ。 確執があるのは分からないでもないが、悪し様に言うのは少々頂けないな―――ところで、例の喜緑女史 とは無事に接触できたのかい?」 長引かせたくない話には、言うことだけ言った上でさらりと話題を変える。変わってないな。昔のままの こいつに懐かしさを覚えつつ俺は、例の宇宙人用ビンゴゲームが書かれた手紙をテーブルに置いた。 FDXDXGDVFFFFVGDFVD | A D F G V X ─┼―――――――─ A| w t h 4 v m D| j. l. s 1 r d .. F| b u. 6 z a i G| q 7. p 8 0 9 V| 2 n. e o x. k .. X| g c.. y f 3 5 「ほう、これはADFGVX暗号だね」 手紙を見るなり、佐々木はさらっと言った。えーと、解説もお願いできるんでしょうね、佐々木さん。 「第一次世界大戦中にドイツ軍が使用した有名な暗号さ。君が雪山の古城で見たという数式といい、宇宙 人はこうしたものにご執心なのかな? 上のアルファベットが二重のロックをかけられた暗号文、下の図 が換字表と呼ばれるものだ。しかし困ったな、この他に鍵文字がないと復号はできないのだが…」 そういえば、いつだったか長門が暗号史の本を読んでいたな。あいつとなら絶対に話が合うに違いない、 などと俺が考えていると、橘が尊敬の眼差しを佐々木に向けながら口を開いた。 「その鍵文字というのは、どんなものなんですか?」 「5文字から25文字程度のアルファベットで構成された単語だ。別に何でもいいんだよ。それこそ――― sasakiとかtachibanaでも構わない」 「ははあ…ひょっとして、これがその鍵文字なのではないですか?」 橘は得意げな顔でそう言い、ファンシー封筒の裏に書かれた『kimidori』の8文字を指した。 「ああ、それかも知れないね。さっそく復号に取り掛かろうか。まずその鍵文字のうち重複する文字を後 ろから消していく。この場合、iがふたつ抜けて『kimdor』となる」 佐々木はテーブルに広げた自分のノートに、実際に文字を書き込んでいく。 「次に、これを数字に置き換えて転置鍵を作成する。アルファベットの若い順に、1から6の数字を当て ていくんだ。dが1でiが2…という風に。すなわち転置鍵は『324156』となる。これを使って、 暗号文にかけられた第一のロックを外すのさ」 俺はもう見ているだけだ。佐々木は転置鍵をノートに書き込み、その下に一定の法則をもって暗号文を並 べていく。できあがったそれは、このような表になった。 . 3 2 4 1 5 6 ─―――――――― F D X. D X G D V F .F F .F V G D F V .D 「この表は縦に読むんだ。数字の順に、下の暗号文を縦方向に3文字ずつ拾って横に繋げると、第一のロ ックが外れて別の暗号文に変換される」 DFFDVGFDVXFDXFVGFD 「この暗号文にかけられた第二のロックの開錠に必要になるのが、キョン、君が宇宙人用ビンゴゲームと 評していた先ほどの換字表だ。暗号文を、この換字表に横軸、縦軸の順で当てていけば、復号が完了する というわけさ。では始めるよ。横軸Dと縦軸Fが交差するのは『s』、次は…」 佐々木はどこか楽しげに、復号された文字をノートに刻んでいく。だが、その表情は文字が意味を成して ゆくにつれて真剣になり、復号が終った時には深刻さを漂わせるものになっていた。 「…喜緑さんは、どうやら真犯人を僕たちに教えてくれたようだね。消去法で犯人に当たりはつけていた けど、こうもストレートに突きつけられると…正直、身震いを禁じ得ないよ」 俺もさ。ハルヒを襲ったカラスからの連想で予想はしていたが、これは考え得る中でも最悪の答えじゃね えか。俺は畏れのこもった目で、ノートに浮かび上がる『suoukuyou』の文字を見つめていた。 15-477「キョンと佐々木の消失」-1 15-696「キョンと佐々木の消失」-2 16-94「キョンと佐々木の消失」-3